勇嶺氏の「赤い夢の迷宮」はサイコネタで幕引きまで押し切る強引なセンスは勿論のこと、ゲシュタルト崩壞が「ゲシュゲシュ」になったり、子供の悲鳴が「わぎゃー!」となってしまったりと、その懷かし風味溢れる漫畫テイストが今にしては非常に個性的な作品でありましたがこれを讀んでフと頭に思い浮かべてしまったのが辻御大でありまして。
こうなったら御大の作品でも讀み返してみるか、という譯で、今日は例によって作中作に御大らしいメタ的な趣向を凝らした「寝台超特急ひかり殺人事件」を取り上げてみたいと思います。
探偵役は例によってスーパーとポテトで、今回のポテトは一應イッパシの作家先生という設定で、ある日、熱烈なファンから新幹線二階建て寝台の切符が送られてきます。切符に添えられていた手紙というのも素っ氣なく、「あなたのファンです。ぜひ、ゆっくりお話が聞きたいと思います。『寝台ひかり』に乗りたいというエッセイを読み、つつしんでお招き申し上げます」とタッタそれだけ。
普通の作家先生だったらいくら何でも、手紙を讀んだだけで會うなんてことはないのでしょうけど、そこは漫畫テイスト溢れる辻ワールドの住人でありますから、手紙に添えられていた切符を手にしてポテトがノコノコと出掛けていくと、予想通りにコロシが發生。
おまけにこの招待人が是非とも作家先生に讀んでいただたきたく、なんてかんじで押しつけられた小説原稿にはあたかも自分が極惡人みたいな書き方をされていたからさア大變、ポテトも犯人に疑われることになって、……という話。
「マンション殺人莊」と題したこの作中作があまりにもチープなお話で、いかにも素人が書いた原稿らしく裝ってはいるものの、ペンネームが「五月慈魔」というところからしてまず尋常じゃないし、弟を殺した犯人を捜していく過程から小説内のリアル世界へと連結していくメタ的趣向は辻ミステリの十八番。
ポテトを名指しで怪しい輩と決めつけたところで「マンション殺人莊」の前半部は終わっているところがミソで、この後編が推理部分で眞相を明らかにしていくネタとなっていく伏線の妙も見事です。
作中作の部分を除けば、物語は新幹線の中だけで展開されるという結構から、さながら舞台劇でも見ているような不思議な雰圍氣が全編に流れているところも興味深く、時にはメロドラマ風に、また時には一昔前の昭和漫畫テイスト溢れるドタバタ劇まで披露しつつ、軽妙な會話で流れていく物語は、このまま演劇にしてみても面白いのではないかなア、なんて考えてしまいましたよ。
開陳される密室トリックは、最後にスーパーからもツッコミを入れられるような代物ながら、やはり本作の仕掛けは作中作を活かしたメタ的な趣向にあり、この小説部分の眞實と嘘を見分けながら、小説内部のリアルを推理によって明らかにされていくところにあると思うのですが如何でしょう。
犯人を讀者に据えたフックを前半に凝らし、そこへ犯人の罠を仕掛けてあるという周到さも、軽すぎる文体とは對照的に懲りまくっています。確かに作中作や小説内のリアルで展開される動機はアンマリだし、このあたりで讀者の關心を引きつけるつもりはまったくナシという辻御大の達觀ぶりは現代の本格から見るとアレ乍ら、作中作という仕掛けにいくつものバリエーションを展開させてみせる達者ぶりは流石です。
しかし宇野亜喜良氏の手になるジャケに描かれている三人のうちの、右から二人はスーパーとポテトかと推察されるものの、個人的には創元推理文庫のイメージが強すぎるゆえ、ポテトのイケメンぶりには違和感アリアリ。
ジャケ裏には「”創案列車”と多層構造の異色推理長編」とあるのですけど、この多層のメタぶりこそが辻ミステリのド眞ん中、創元推理文庫で讀むことが出來る作品に比較すると、その仕掛けはおとなしいものながら、いかにも作者らしい風格を愉しむには充分でしょう。