アヤツジ、ノスタルジ。
はやみね名義での作品も讀んだことがない自分としては、正に作者のミステリは初体験ということになりますが、個人的には本作、本格というよりはサイコミステリの佳作という印象を受けました。
物語は「OPENING」と題したところから始まり、登場人物たちががヘリコプターに乘せられているところから始まります。どうやら彼らは幼なじみで、この連中を参集させたのがOGと呼ばれる怪しい紳士であることが次第に明らかにされていくのですけど、このあと物語は第一幕と題した「昔――二十五年前」からイッキに過去へと遡り、語り手の「ぼく」によって子供時代のイヤ体験が語られていくという結構です。
物語の鍵を握ると思われるOGという人物の邪悪ぶりがまた素晴らしく、金持ちのボンボンであることにものをいわせて心のダークネスを大爆発させていくエピソードの數々は相當にそそります。
またこのぼくの語りもそのイヤっぷりでは堂に入っていて、お化け屋敷でのトラウマ体験や、地元で大騒ぎとなった殺人鬼の暗躍など、いかにもそれらしい逸話を軽妙な文体で綴っているミスマッチが後半、コロシの連鎖によって狂気へとねじくれていく構成も巧みです。
それでも前半部の輕すぎる語りは時には相當に痛々しく、このあたりが勇嶺ではなくはやみね名義の風格を引きずっているのかは判然としないものの、例えばゲシュタルト崩壊について語っている場面では、
「”げしゅたるとほうかい”って何?」
「おれがおまえをゲシュゲシュと殴るだろ。すると、おまえは、自分が誰だか分からなくなる……って意味じゃねぇか?」
という會話の部分は作者なりのユーモアなのか、それともやはりここは嗤うべきなのか戸惑ってしまいます。そのほかにも暗闇の中で猫の死骸を見つける場面では、
死骸の上で蠢いていた虫たちが、光を嫌って、逃げる。虫たちの背中が、テカテカ光っている。
ぼくのふくらはぎの上を、何かが這っている。
「わぎゃー!」
その叫び声が合図になったのか、みんな一斉に逃げ出した。
しかし中盤に入ると暗黒紳士の導きによって心の闇をグングンとふくらませていく登場人物たちの過去と現在が語られ、いよいよこの怪紳士からの招待状によって、おばけ屋敷に参集することになった彼らが連續殺人へと巻き込まれることになるのですけど、實をいえば怪しい輩は既に過去と幕間によってあからさまに語られているゆえ、寧ろ本作ではこの惨劇の外枠に凝らされた仕掛けに感心してしまいました。
「現在」と題された第二幕に至る直前に、屋敷に集まった彼らの現在が綴られているのですけど、このイヤ感溢れる描寫も妙にリアルでこのあたりもキワモノマニアとしてはかなり好み。
ただ、視點の統一がされていない描寫に些か戸惑ってしまったのも事實で、このあたりは語り手とは關係のない人物の場面で行われているゆえ、後半に展開される狂気を際だたせる為の効果をねらったものであるとも思えないし、敢えて定型を崩してまでこういった試みを行おうとした作者の意図がちょっと分かりませんでしたよ。
最後に開陳されるトリックについてはいくつかの先例が思いつくもので、このあたりは物理トリックにこだわりを見せる本格マニアにはちょっとウケが悪いかなア、という氣がします。自分が真っ先に思い浮かべたのは最近取り上げた歌野氏の短編集に収録されていたアレなんですけど、個人的にはこのトリックの効果は犯行の隠蔽よりも、寧ろ警察が屋敷の中を色々と調べた結果、屍体も血痕も見つからなかったことによって、語り手の狂気をよりいっそう強めるところにあったのではないかな、という氣がするのですけど如何でしょう。
終盤はこの展開であれば當然こういうオチになるでしょう、という幕引きで終わるのですけど、今、敢えてこのネタで押し切るところに自分などは妙な懐かしさを感じてしまいました。おそらくこの作品を新人賞に投じたら下讀みの段階で絶對にボツになるだろう、という趣向ながら、それゆえに最近はこのネタでこういう話を書く作家も少ないゆえ、自分などはこれだけでもう、本作を偏愛したくなってしまいます。
例えば綾辻氏の館シリーズの中でも、楳図センセの超傑作のあのネタを最後に使ったあの作品や、或いは綾辻氏も大絶賛の皆川女史のあの長編などが好きな人はかなり愉しめるのではないでしょうか。ただ皆川女史のあの作品に比較すると、この軽妙に流れる文体のゆえか、物語に「凄み」が感じられないところがやや物足りないといえば物足りないのですけど、キワモノマニアとしては不気味紳士の造詣だけでも二重丸。そういえば最近サイコものって讀んでないなア、という方にオススメしたいと思います。
この人は青い鳥文庫でたくさん出していますが、それは結構凝っています。
最初は普通の本格ぽいですが、それ以降メタとか作中作が出てきてなかなかいいですよ。
何だか一昔前の漫畫っぽい語りから、辻真先御大を思い浮かべてしまったのですけど、メタに作中作となるとモロ被りますね(笑)。
辻さんも確かにそういう部分もありますね。結構遊び的な部分もニヤッと出来る感じもありますね。
何か本屋に行ったら講談社文庫からも出ていたみたいなので、はやみね名義の作品を讀んでみます。