ハードボイルド擬装、本格ドミノ倒し。
人狼城推理文學獎の受賞は逃したものの、ネット上では評價が高い秀霖氏の「第九種結局」を一番最初に讀んでみました。秀霖と名前こそ違うものの、作者は「鬼鈴魂」の陳彦霖氏でありますから、個人的には「鬼鈴魂」の恐怖小説的な要素とユーモアが本作ではどのようになっているのかに興味があったのですけど、結論からいうといい意味で裏切られました、――というか、このハジケっぷりと過剰性は何なのだと。素晴らしすぎます。
事前に聞いていた通り援交娘をテーマにした作品ながら、件の援交娘がヒロインという譯ではなく、主人公は癇癪持ちの警察官。で、この癇癪男がとあるきっかけで援交娘と知り合うことになるのですけど、娘は自殺を遂げてしまう。何故かマスコミは主人公と援交娘との関係を嗅ぎつけて、暴力警察官だのと紙上でネガティブキャンペーンを大展開させたから堪ったものではない。
自殺とはいえ現場には怪しいところもあって他殺の疑いもアリ、という譯で、援交娘の自殺をきっかけに仕事をホされてしまった癇癪男は、自らの冤罪を晴らす為、真犯人を突き止めようと行動を起こすのだが、……という話。
怪しい學生がまず第一の容疑者として浮上するものの、彼は事件當事には學校の水泳大會に出場していたという鐵壁のアリバイがあって、これが容易に崩れそうもない。しかし主人公は現場や水泳大會に記録した寫眞やブツなどを蒐集して、男のアリバイを突き崩そうと試みるのだけども、ここでまたまたこの男が不審死を遂げてしまいます。
ここから後半にかけての構成が秀逸で、容疑者が完全に絞られてしまったところで、まだまだ頁はシッカリと残されているものですから、これからどうなるのかと期待していると、主人公の警察官バーサス唯一人容疑者として残された教授との推理合戦が大展開。
操り、サイコ、速攻殺人、探偵と犯人の逆転構図など、新本格以降に花開いた過剰性をこれでもかとブチ込んでみせたやりすぎぶりが素晴らしく、探偵が援交少女の自殺の眞相を突き止めるというハードボイルド小説的な結構が、最有力容疑者の死をきっかけにガラリと雰圍氣を反轉させ、怒濤の推理劇へと雪崩れ込むところが本作の一番の見所でしょう。
二人が開陳する推理が否定されてはまた次の手が繰り出されるという反轉マジックだけでもお腹イッパイなんですけど、上にも述べた通り、そこに樣々なネタを仕込んでいるところがマニアには堪りません。
ただこのやりすぎぶり故に、推理のあら探しをすればキリがなくて、いくつかの矛盾點や疑問點なども容易に指摘出來るとはいえ、本作はこういった厳密なロジックを愉しむというよりは、二人の緊迫した推理劇によって事件の實相が捩れていく構成にあると思うのですか如何でしょう。
サイコネタに關してはちょっと古いかなア、とは思わせるものの、本作の場合、これを推理劇中の一要素に纏めているところからそれほど氣にはなりません。讀後感としては「変調二人羽織」ミーツ「解決ドミノ倒し」といったところでしょうか。
堅実な推理によって最有力容疑者を告発し、その人物の死によって事件が集束を見せた前半部が、後半に展開される怒濤の推理劇によって、この前半部の構造を確固たるものにしていた「眞相」を無化してしまう手際など、正直普通のミステリファンはかなり戸惑ってしまう作品ではないかなア、なんて考えてしまうものの、新本格以降以降、過剰と逸脱によって尖鋭化を突き進む現代の本格ミステリをノープロブレムで受け容れてしまうマニアにとっては當に傑作、といえるのではないでしょうか。
途中二度にわたって「讀者への挑戰状」モドキが作者によって開陳される遊び心もマニア好みで、これがまた「一つの解決」「一人の犯人」を暗示させる騙しの効果をあげているところにもニヤニヤしてしまいます。
最初の挑戰状モドキを、一番怪しい男のアリバイ崩しを行う前に登場させて、いかにも普通の本格ミステリらしく裝いつつ、この男の死んでしまった後に二番目の挑戰状を差し出していよいよ讀者をケムに撒こうとするハシャぎっぷりも素晴らしい。ただ繰り返しになりますけど、この過剰性ゆえ、綺麗に着地が決まるような作品ではないゆえ、この趣向そのもので評價を大きく分けてしまうような氣がします。
こうなると、次はどんなふうに魅せてくれるのかと期待してしまうのですけど、やはり次作は余心樂氏からのリクエスト通り、檳榔西施をネタにした「煙か土か食い物」ならぬ「煙と酒と檳榔」になるのでしょうか(爆)。