凡婦のリアル、オバさん三昧。
「ママの友達」に續いて今度は最新短編集。もっとも新津氏の短編はふしぎ文学館シリーズの「左手の記憶」で体験済み、本作もあちらに勝るとも劣らない極上短編をズラリと揃えた一冊に仕上がっています。
収録作は、キャリア志向のタカビー女を虐めた報いが凡夫に下る「女に向いている職業」、若人の結婚を祝福したい飜譯叔母さんの秘密「傷自慢」、不倫相手の奥様との壮絶奈落行「二人旅」、ご近所の奥様に關する噂の眞相は「うわさの出所」、プチハイソな生活にご不満な凡婦がナチュラル志向の職人によろめく「サンルーム」、悪女婆の孤独死に姪の不倫女が自分の未來を透視する「悪女の秘密」、奥様方のパート自慢に日常の裂け目が姿を見せる「インサイド」など全十一編。
仕掛けを添えたミステリから、凡夫たちの奈落を描いた悪魔主義溢れる作品まで、正に極上の逸品がテンコモリの中、連城ミステリ的などんでん返しが光る「傷自慢」と「悪女の秘密」が一番のお氣に入りでしょうか。
「傷自慢」は飜譯を生業とした女が主人公で、彼女は甥っ子の結婚に何やら心中複雑な様子。その婚約者である娘っ子が訪ねてきて色々とカレシの過去を聞き出そうとするのだが、……という話。女二人の對決がゆるやかに進み、最後に意外な眞相が明かされるという結構が素晴らしく、このどんでん返しは正に連城ミステリを彷彿とさせます。
同様に、というかネタ的には「傷自慢」とその仕掛けを同じくする「悪女の秘密」も、最後のどんでん返しが秀逸な一編で、こちらの主人公はワル女だと悪評高い老婆の姪っ子。で、この結婚もしなかった悪婆の孤独死に色々と思うところのある彼女は、妻のいる男と不倫の真っ最中。本妻からは色々とネチっこいいやがらせを受けているらしい彼女は、老婆が部屋に残したあるものから、とある秘密を知ることになるのだが、……という話。
孤独な死を迎えた老婆の姿に自らの未來を透視する主人公という、二人の女の對比が物語の結構を支えていて、これが最後の最後にひとつに交わるとともに、意外な秘密が明かされるという仕掛けの素晴らしさは勿論のこと、このどんでん返しによって老婆の人生が立ち上ってくるという構成は正に、仕掛けによって人間を描くというミステリならでは。「傷自慢」と併せてその仕掛けで見せてくれる秀作でしょう。
ほとんどの作品は新津氏が得意とするオバさんを主人公に据えた作品ながら、冒頭の「女に向いている職業」だけは、ダンディを気取った女性差別主義者の馬鹿野郎が主役を張る一編です。
女を小馬鹿にしまくったこの馬鹿男はバーで見かけた謎女に興味津々で、どうにかこの女といい關係になりたい、なんてゲスな妄想を頭の中にふくらませているのですけど、物語はこの謎女と、彼の会社でキャリア志向バリバリのやり手女の二人を軸に進んでいきます。
このキャリア女は仕事もやる気満々ながら、所詮は女、なんて差別意識丸出しの主人公にしてみればケムたいことこの上ない。で、彼女がちょっと遅刻したのを好機とばかりに皆の前でネチっこく嫌みな言葉を吐き散らすと、タカビー女は涙を流して会議室を逃走、しかしこの後になってこいつはトンデモない復讐をキャリア女から受けることになって、……という話。
このキャリア女のキツい復讐だけでも十分に物語をふくらませることが出來るのに、ここではもう一つの格別な地獄を用意して、作者の新津氏は馬鹿男を奈落へと突き落とします。正に作者の悪魔主義が炸裂した一編で、女性が讀めば痛快な作品ながら男的には正にホラー。謎女とキャリア女を對比させた構成といい、正に作者の技巧のうまさが光る佳作でしょう。
地獄に突き落とされるのは勿論男だけではない譯で、サラリーマンの夫をもってそれなりに満足できる生活を送っていた中年のオバさんが、軽々しくよろめきの冒険をしたばかりにトンデモない結末を迎える「サンルーム」も素晴らしい展開とオチで見せてくれます。
サンルームの増築にやってきた若い職人が、將來は田舎にログハウスを建ててロハスな生活を満喫したい、なんて夢を語る一方、リーマンの旦那を持った自分は、……なんて不満から自分の中の女に目覚めたのが運の尽き。最後にはそのよろめきが奈落を開けるというダウナーな結構が素晴らしく、エロい白日夢などのディテールも添えてキワモノマニアの心をくすぐる一編でしょう。
「うわさの出所」も、「サンルーム」とはまた違った、痛快な眞相が最後に明かされる一編で、お互いに娘を持った奥様二人がご近所さんという設定がまずナイス。で、ハイソな奥様に嫉妬ムンムンの主人公は、とある噂をデッチ挙げて近所にいいふらすのですけど、それに尾鰭がつきまくってトンデモないことに、……という話。
ひどい噂をいいふらされて家庭崩壊を迎える奥様が、主人公の家を訪ねてくるなどの定番な展開も添えて、最後に意外な眞相が明かされるのですけど、この痛快な幕引きも素敵ながら個人的にはこの話、ヘンテコなディテールが最高にツボでした。
主人公には娘がいるんですけど、この娘っ子が夢中になっているアイドルグループの名前というのが「ブラック・エンジェルズ」っていうのは如何なものか(爆)。またこのグループの一人で娘っ子がホの字の男の名前が「オサム」というのはもう、確信犯なのか、それとも作者が適当につけたのかマッタク理解に苦しむところ。勿論キワモノマニアとしてはこういう小技も含めて堪能したいところ、ですよねえ。
そのほか「左手の記憶」にも収録されていた「頼まれた男」など、キワモノ的にも愉しめる作品がイッパイ、という譯で、自分のようなマニアは勿論のこと、オバさんの日常をリアルに描いた極上の短編ミステリ集としても堪能出來る本作、基本的には女性の讀者がターゲットなのでしょうけど、オジさんの自分も十分に愉しめました。解説で野崎氏が述べている通り、正にグレイテスト・ヒッツという呼ぶにふさわしい品揃えゆえ、作者の初心者も含めて広くオススメしたいと思います。