妙にリアル、妙な小説。
もうジャケからして地雷本確定、といったかんじの、かの國をモチーフにしたアレっぷりをビンビンに感じさせる一冊ながら、ジャケ帶にもある通りその内容はというと、「一應」周辺事態サスペンスX本格ミステリといった結構でありまして、サスペンスと本格のいずれにも傾かずに中途半端に纏まっているところが本作の個性、でしょうか。
敢えてかの國をそのまま出さずに、「日本から独立した科学的社会主義」の國「弥生」なる架空の国家をブチ上げたことでさりげなくかの「法則」を回避しようという作者の試みは評價出來るものの、トンデモ国家のバカ元帥が毒殺されて超吃驚、しかし側近は日本から拉致ってきたデブのフリーターを影武者にでっちあげて、……という破天荒な物語はかなりアレ。
また、妙なところでかの國のディテールにだわりまくったところも相當に脱力で、和モノ映畫に懲りまくった元帥様がエロに御執心だったりといった定番ネタに、さりげなく現代の國際政治ネタを強引にブチ込んだハジケっぷりもまた本作の見所の一つでしょう。
また周辺事態サスペンスという煽り文句通りにかの國と日本との關係や、アメリカ、中国も絡めてその樣子が説明口調で流されるところなど、キッチュと豆知識が混在した風格はマンマ作者の勤務するスポニチ的、といえばその通り。
元帥様の毒殺事件が冒頭に提示される為に、本格ミステリとしてはこのネタで押し切るかと思いきや、影武者に仕立てられた男の視點と、日本を舞台にしたエピソードを對比して語る結構に仕掛けを凝らしてあるところなど、作者の器用な技を見ることが出來たりするのであなどれません。
中盤以降にもうひとつのコロシを添えて本格ミステリらしい展開を見せるものの、やはり一番評價出來るのは、日本を舞台に公安がとあるコードネームで語る人物の眞相で、この仕掛けが後半に明かされるところから、物語はかの國のクーデターも交えてサスペンスフルに盛り上げていくところはツボでした。
しかしそれでも中盤までかの國のアレっぷりをこれでもか、これでもかといった具合に説明口調でダラダラと流しまくるところがかなり辛く、このまま大して盛り上がりもせずに中途半端なまま終わってしまったらタマらないなア、と思っていると最後になって本格ミステリ的な仕掛けが次々と明かされていくという構成でありますから、かの國の描寫の平板ぶりに欠伸が出てしまった御仁は迷うことなく、そのあたりは流し讀みで濟ませても沒問題。
というか、本作も前作「アインシュタイン・ゲーム 」と同様、後半に到らないと作者の本格ミステリ魂がハッキリと姿を現さないという結構ゆえ、このあたりでかなり損をしているのではないかなア、という氣がします。
わざわざかの國をモデルにした仮想国家をブチ上げてまで、この仕掛けを使う必然性はいかに、と頭を抱えてしまうものの、よくよく作者の過去作を思い返してみたら、處女作「円環の孤独」にしてもあの密室トリックの為に舞台を宇宙に据える必然性がナッシングだったし、「アインシュタイン・ゲーム」にしても後半に展開される非常に筋のよい推理シーンに比較して、アインシュタインをわざわざ登場させる必要はあったのかと問われれば些か頭を抱えてしまう譯で、本作もそのあたりはあまり深く考えずに讀み進めた方が良いのかもしれません。
後半に展開される本格ミステリらしい部分に、作者の筋の良さを感じさせるところは本作も同様で、これがある為にガッカリ作だの何だのと思いながらもまたまた手にとってしまうところはアレながら、作者の本格ミステリ書きとしての技倆はシッカリしているので、後は担当の編集者がシッカリすれば結構いけると思うんですけど、しかし二作、三作と何故にこういうヘンテコなお話になってしまうのかまったく不思議。
興味があるのは、處女作、二作目、そして本作と担当の編集者は同じなのか、それとも毎回違うのかということでありまして、作品のたびに担当が盥回しにされているというのであれば、本格ミステリとしての筋の良さは残しつつも物語が毎回ヘンテコになっているというところは理解出來るのですけど、同じ編集者だったらいったいこれはどうなっているのかと担当に尋ねてみたいところです。
寧ろ一度講談社ノベルズを離れたところでの作者の仕事ぶりを見てみたいという氣がするものの、この地味でヘンテコな風格ゆえ他に興味を示して聲をかけてくれそうな出版社も思い浮かばず、作者の今後が心配ですよ(爆)。
創元の桂島マジックで変幻するような素材でもなさそうだし、カッパという風でもなく、かといって最近のメフィストのトンデモぶりと互角に争えるようなタマでもなく、……という譯で、もし本作がそれなりのセールスを上げることが出來ればまた次回も講談社ノベルズ、ということになるのでしょうけど、さてどうなるか。
しかし何だかんだいって三作目がリリースされているということは、「円環の孤独」と「アインシュタイン・ゲーム」もそれなりに賣れて、さらに作者もキチンと新作を書ける力を持っているということに違いなく、後は編集者がシッカリと手綱を握って作品の方向性を定めてあげれば、作者は手堅くもマトモな作品をキチンと仕上げてくれると思うのですが如何でしょう。
とりあえず今回も不滿は残しつつ、それでも最後の仕掛けには素直に驚けたので、また次作も買ってしまうかもしれません。何だかんだいって、ヘンテコな作風ながら地味でもシッカリとした本格ミステリを展開することの出來る作者というのは自分的には非常に貴重。60年代生まということもあってさりげなく次作も、いや次作こそマトモな本格に期待したいと思います。