逆向きノスタルジー。
偏愛したくなる一册。理論社からリリースの始まったYA!シリーズということもあって、そのコンセプトにもある通り「自由な発想で自分の道を切り開こうとしている若い世代」向けの小説ゆえ、自分みたいに四十を過ぎたオッサンは手に取ってはダメなのかもしれませんけど、個人的には非常に愉しめました。
夢とリアルの境界をふわふわと微妙に漂う風格も添えながら、そこに軽妙なユーモアと青春小説らしい結構を凝らしているところが素晴らしく、本格ミステリとしては薄味とはいえ、ミステリとファンタジーの融合體と考えればノープロブレム。
物語の主要登場人物は三人の少女で、スポーツ萬能の美少女、恐竜オタク、映畫マニアとそれぞれに個性的。また自分たちが立っているリアルにもどかしさとぎこちなさを感じている少女たちの内面が非常にうまく描かれているように感じました。
語り手となる映畫オタクの少女は、映画部の担当教師が死んだ、という連絡を受けるや現場に直行、何でも教師は吊り橋を歩いているところを恐竜に突き落とされんじゃア、なんていうトンデモな噂が広まる一方、同じ場所で二十年前にも恐竜に殺されたとしか思えないコロシが發生していたらしい。果たして過去の事件と今回の教師のコロシは二つとも恐竜の仕業によるものなのか、……という話。
冒頭の幻想的なプロローグに續いて、教師のコロシから事件の概要が語られる前半部は、主要登場人物となる三人の少女たちが何処か惚けた雰圍氣も添えて描かれていくのですけど、本作が普通の本格ミステリの結構とは異なるのはこのあたり。
勿論、現在のコロシの状況が現場に残されていた恐竜の足跡なども絡めてキチンと説明が加えられるところはミステリながら、二十年前の殺人事件についてはその内容がそれとなく仄めかされるばかりで、現在のコロシとの接點については曖昧に濁したまま物語は進みます。
恐竜オタクや映畫マニアの少女はそれぞれに自分が敬愛する人物がいて、これがどうやらコロシにも微妙に絡んでいる樣子。息苦しいリアルに違和感を覺えながら日常を生きている少女たちにとって、彼ら恐竜博士や映畫監督はいうなれば理想像、未來のあるべき自己の投影でもある譯で、この思いが事件の真相を見拔く為の障害となっていて、少女視點で事件の内容が語られる前半部ではそれゆえに、コロシの全體像が見えてこないというもどかしさが殘ります。
しかし大人の世界のエグさやイヤっぽさが見えてくる後半部から、徐々に事件の本質が明らかにされていき、最後にはゲス野郎のクイーン君が登場、コトの眞相を喝破してみせるのだが、……ってここでアッサリと終わらないのが本作の素敵なところで、このあと、大人の世界と少女の世界との断絶や少女期の終焉を淡い筆致で描きつつ、ほろ苦い幕引きとなるところも素晴らしい。
あとがきで山田氏いわく「どうやら私のなかには十四歳の少女が存在するようなのです」と述べているのですけど、本作で物語を牽引していく少女たちのリアリティというのがこれまた獨特。未來から現在を過去として見つめる視點とでもいうか、プロローグで描かれる恐竜のシーンを夢とも現実ともつかない、判然としたワンシーンとして思い出すところにも似て、リアルを描き乍らもそこには郷愁めいた情感がめイッパイに効かせてあるところが堪りません。
そして、自分たちも将来、いつの日か、そんなふうにいまの自分たちを振り返るときがあるのだろうか、という思いにみまわれる。そんなふうに哀しみの響きを声に滲ませながら、しみじみ今の自分たちを――サヤカのことを、アユミのことを――思い出すことがあるのだろうか。
いつもながらの光景、いつもながらの一日……それなのに、どうしてか今日という日を特別に感じる。たぶん今日という日は生きているかぎり永遠に忘れないだろうという予感がする。
なんていう文章が少女たちの内心の描寫としてさらりと描かれているところが個人的にはツボで、若い世代が今のリアルを描くのとは趣を異にする不思議な主観描寫が、本作の郷愁を盛り上げているところに注目、でしょうか。このあたりは自分がオジサンゆえの感覺なのか、本作がターゲットにしているYA!世代(っていうの?)がこのあたりをどう感じたのか興味のあるところです。
本格ミステリ好きな自分としては、謎解きを行う探偵の立ち位置や、本作の強力なモチーフとなっている恐竜のアレが後半の推理で見事な反轉を見せるところも素晴らしいと感じました。恐竜の犯罪と思われていた幻想が現實へと還元される謎解きによって、事件の裏に隠れていた大人の世界のアレっぷりが明らかにされるとともに、少女たちの見ていた大人の世界が憧れからリアルへと變幻する結構も秀逸です。
恐竜の仕業とされていたトリックについては、いかにも山田氏らしいものなのですけど、本作の仕掛けのキモはやはり手掛かりであった恐竜のアレの眞相が最後に反轉を見せるところではないかな、と思うのですが如何でしょう。この逆轉の構図の背景にあった大人の世界が、謎解きによって明らかにされる結構を少女の視點で描いてみせたところも、このシリーズの風格に合致しているように感じました。
本格ミステリらしくない展開を見せる前半部が一轉して、後半に到ると謎解きの結構を見せ始め、最後には少女視點の物語世界が苦蟲の大人世界へと變轉する仕掛けも素晴らしく、幕引きの郷愁シーンも含めて、個人的には當に偏愛したくなる一册でありました。
上にも書いたように、獨特の少女視點によるノスタルジーは、自分のようなオジサンやオバサンの方がぐッとくるのではないかなア、という氣がします。「自由な発想で自分の道を切り開こうとしている若い世代」の為のレーベルながら、理論社の編集者には申し譯ないと思いながらも、自分のような中年世代に強くオススメしたいと思います。
それと「十四歳」に「わたしたちの少女時代が」「終わった」というあたりに、楳図センセを思い出してニヤニヤしてしまったことは内緒です。