御大後繼、社會派視點。
これも未讀でした。意外と歌野氏の作品で讀み逃しているものが多く、文庫になってみてようやくこんな本もあったことに氣がつくというテイタラクで、まったくお恥ずかしい限りなんですけど、本作は今まで知らなかったのが悔しいくらいに自分の嗜好とマッチした極上短篇集。
収録作は、子供時代のイヤな記憶巡りに、人形マニアのキ印も絡めておぞましくもリアルな物語を描いた「人形師の家で」、旦那の完全犯罪の裏で思わぬ人物の過去が明らかにされる表題作「家守」、ヒョンなことからボケ老人のお守りを依頼された男がトンデモないことになる「埴生の宿」、ド田舍で發生したコロシの眞相に社會派的な視點を添えた「鄙」、譯あり物件に越してきた夫婦の恐怖譚が意想外な方向に捩れていく「転居先不明」の全四篇。
殺人事件によって登場人物の一人の過去が炙り出されていくという趣向が秀逸で、一端事件の謎が全て解けたかと思いきや、とある人物の過去が語られることによって事件の背後にあった眞相が明らかにされるという構成は、何となく最近の島田御大の作風を髣髴とさせたりもします。
個人的な好みはやはり表題作にもなっている「家守」で、「ショウコ、オマエガイケナイノダ!」なんて頭の中の電波を受信した人物の語りを添えた妙なプロローグから始まるのですけど、この後、ショウコという讀みの名前を持った人妻がシッカリと殺されます。で、刑事は旦那が怪しと調査を進めていくものの、密室状態でのコロシのトリックが分からない。
冒頭でさりげなく語られていたあるブツからそのトリックを喝破するのですけど、本作が壮絶なのはこの殺人事件の謎解きがなされた後からの展開で、予想通りに旦那が逮捕されるや、この事件が起こった「家」についての曰くがある人物の語りによって明らかにされるという趣向です。
さらにこれによってタイトルに込められた本當の意味が明らかにされるというオマケには唖然呆然、事件とはやや離れたところで語られていたいくつかの逸話を伏線として、この人物の語りが背後にあった秘密を暴いていくという構成も素晴らしい。傑作でしょう。
「転居先不明」は、どうにも人の視線を感じてしまうという人妻のお話から、ストーカー君にビクビクする恐怖譚かと思いきや、早くも前半でこの夫婦が越してきたスイートホームが曰くつきの物件だったことが判明。その後、かつてこの家で起こったと思われる凄慘な殺人事件の概要がノンフィクション風に語られていくのですけど、ここから話が妙な方向にねじくれていくのが歌野流。
ストーカー視線の眞相には些か脱力しつつも、最後にはブラックな味を添えて幕となるオチも痛快で、収録作の中では社會派フウの視座を退けた輕さが逆にいい。
トリックを添えた事件にシッカリと現代社會の歪みを見据えた視點が光るのが「葉桜」の作者である歌野氏の作風だとすれば、その社會派的な視點で重いテーマを短篇に纏めたのが「鄙」でしょうか。
氣分転換にとド田舍にやってきた男たちが殺人事件に卷き込まれるのですけど、物語はこのコロシに仕掛けられたトリックを暴いていくかたちで、いかにも普通に進みます。やがて犯人と、その人物によるトリックが探偵役の人物から明かされるものの、物語はこのまま終わりません。
事件が集束したかに思われた後日譚として、この事件の背後にあった重苦しいテーマと、このコロシが發生した地の利を活かした眞相が語られます。「眞犯人」とこの眞相を隱蔽する為に使われた手管、さらにはこの事件の犧牲となった人物の背後關係には思わずはっとさせられました。
この價値觀の・莖倒を交えた驚きが鮮やかであるとともに、「眞犯人」が守ろうとしていたものがまた社會派的な重さを添えているところにも注目でしょうか。収録作の中ではもっとも普通の構成ながら、社會派という點では個人的にはもっとも印象に残りましたよ。
ボケ老人の相手をしてくれ、という奇妙な依頼を受けることになった男がトンデモないことになってしまう「埴生の宿」は、事件の異樣な雰圍氣にこれまた社會派的な風味を添えた構成から、島田御大の作品を想起させる一篇です。
老人のお守りを請け負うことになった人物の視點から物語が進められるものの、時折ボケ老人の語りが挿入されているところがツボで、妄想と実際に發生した出來事が混沌としたまま後半の謎解きへと突き進む構成も含めて、なかなか読み應えのある作品に仕上がっています。
「人形師の家で」は、人形に憑かれた男のエピソードや、人形が人間へと化けるという幻想的な趣向など、幻想ミステリファンの自分としてはその道具立てはもっともツボ乍ら、本作では寧ろ過去のイヤな記憶や事件の眞相が暴かれていく展開や、明らかにされた眞相と世間體の間でグラグラするリアルな人間っぷりに注目したい作品です。
子供の頃に失踪した友人は何処に行ったのか、そしてたびたび遊びに行っていた屋敷で何があったのか、と子供時代の不思議体驗を大人の視座から見直すことで眞相が見えてくるという趣向、そしてそこへさりげなく自分の出自やトラウマも絡めてあるゴージャスぶりはある意味B級スレスレ。そのキ印にフォーカスした作風やトラウマテイストを添えてあるところなどから、ある意味手堅く纏めた三篇の中ではもっとも浮いている作品といえるかもしれません。
例によって讀みやすい文体と、謎解きの更に先へ人間ドラマと意想外な眞相を用意した構成が素晴らしい短篇集。オススメでしょう。