火曜サスペンス劇場ノベライズ。
「古本屋で中町信の本を集めよう」シリーズ第六回の今回は、閑古鳥も鳴かない壽司屋のバツイチ息子と入れ齒のミスマープルが活躍する浅草殺人シリーズ二作目、「浅草殺人風景」をお贈りしたいと思います。
シリーズ二作目、なんてシレッといってますけど、勿論一作目となる「浅草殺人案内」は未讀です。そういえばつい最近これも古本屋で見たような。名前が同じ「浅草殺人」だったので、ジャケ違いかと思って買うのをやめてしまったのをちょっと後悔していますよ。
さて、本作ですが、物語のあらすじを一言で表すと二時間ドラマのノベライズ。船和の蜜豆や神谷バーの電氣ブラン、駒形どぜうのどぜう鍋などを浅草観光案内フウに盛り込んでいるあたりもまさにサスペンス劇場、……といいつつそこは中町センセですから、こちらの期待通りに今ひとつ納得がいかないダイイングメッセージネタも用意されていて、體裁はいかにも二時間ドラマ的でありつつも、本格推理への心意氣がわずかながらも残されているあたりに注目でしょうか。お馴染みのプロローグはないものの、後半に開陳される被害者の残した手記が最後にアレ系っぽい仕掛けを見せてくれるあたりもちょっと嬉しい。
物語は閑古鳥もなかない壽司屋「鮨芳」の旦那、鬼一が二日酔いで昼間っから迎え酒を浴びているシーンから始まります。この主人公の鬼一が一応本作では探偵役なのですが、社内殺人シリーズの醉いどれ探偵同様、いかにもうだつがあがらないダメ男。バツイチの彼は入れ齒でカッパ巻きづくりがピカ一の母タツと二人でこの壽司屋を切り盛りしています。
物語は十年前、三社祭のときに女が殺された事件を軸にして、その犯人とされた男が殺されてしまうところから始まります。で、ここに十年前の事件の被害者である女性の息子などを絡めて、誰が犯人か、というふうに展開されていくのですけど、とある理由から探偵役の鬼一も容疑者のひとりに挙げられてしまったからさあ大變、幼なじみの刑事と情報のやりとりをしながら事件の謎を解いていこうとするのですが、その間にもまたまた第二第三の事件が発生して、人がジャカスカ死んでいくというのはこれまた中町ミステリでは定番でしょう。
しかし不思議なのは、閑古鳥も鳴かない、なんていっていた探偵の壽司屋が、殺人事件が発生するや大口の注文が入ったりと妙に繁昌してきてしまうところでありまして、寺の何回忌かの法要があるとかで三十人ぶんのにぎりの注文が入るわ、急ぎの出前を頼まれるわで、殺人事件が發生する前には客なんて全然来なかったのに、いざ人が死んでからのこの商売繁盛ぶりはいったい何なんだと。
まあ、そんなツッコミはとりあえずおいといて、ミステリとしての見所はやはり第二の殺人の時に被害者がポケットに入れていたという葉書の謎でありまして、これが中町センセがこだわりにこだわっているダイイングメッセージ。個人的には中町センセといえばアレ系、なんですけど、卷末の解説によれば、「十四年目の復讐」という作品の著者のことばの中で、センセはこんなことをいっているようです。
本格推理の最大のダイゴ味は、絶妙に設定されたダイイング・メッセージであろう。私はそれにこだわり続け、本編でも欲ばって三つのメッセージに挑戰してみた。
殺された三人が揃いも揃ってダイイングメッセージを残していたという異常事態が展開されるこの「十四年目の復讐」も是非とも讀んでみたい作品のひとつな譯ですが、それはおいておくとしても、「本格推理の最大のダイゴ味は、絶妙に設定されたダイイング・メッセージであろう」という發言はアレ系の重鎭中町センセにしてはちょっと意外。しかし「絶妙に」設定されたと胸をはっても、ダイイングメッセージといえば、どんなに工夫を凝らしてもそのテイストが「微妙に」なってしまうのはいかんともしがたく、本作のそれもやはりそんなかんじ。
とはいいつつも、前回の「社内殺人」に比較すれば、なかなか説得力のあるもので、これがダイイングメッセージというと、「死にそうになっている人間がそんなに無理してこじつけっぽいメッセージを残すかねえ」というふうに考えてしまうものですが、本作ではその理由付けがなかなかしっかりしているところが好印象ですよ。
サスペンス劇場フウに浅草の観光案内を盛り込んだシーンはかなり苦しく、登場人物のひとりが「するってえと何かい」とかベタベタな台詞を口にするあたりはもう、苦笑するしかありません。しかし下町育ちのひとって皆が皆、「するってえと何かい」なんて普通に使っているんでしょうかねえ。知り合いにチャチャキの江戸っ子がいないもので今ひとつリアリティがありません。
また登場人物が二時間サスペンスドラマの俳優で、という設定は、本格物を書きたい中町センセなりのアンチテーゼなのか、それとも単なる惡のりに過ぎないのか、その真意をはかりかねてしまうところがこれまた微妙。それでもこのドラマの配役と事件の真相にひねりを加えているあたりは洒落ているなあ、と思いました。
ダイイングメッセージものという點だけを取りだしてみれば、なかなか説得力のある推理が展開される後半は面白く、また被害者の手記が最後のエピローグに繋がるという構成は、プロローグこそないもののアレ系の雰圍氣を織り交ぜた中町ミステリらしい風格を添えていてこれもいい。
ただこの浅草殺人シリーズ、社内殺人シリーズと同樣、一作で三人あまりのご近所さんが殺されている譯でして、町内会長は葬儀の手配でさぞかし大忙しだったに違いありません。それとこのシリーズが續けばいずれは町内の住人が全員死に絶えてしまうのではないか、一讀者としてそんな余計な心配をしてしまうのでありました。