確かにもう出ている筈なのにないない、と本屋をウロつきまわっていたら、單行本だったと知ってチと吃驚、スッカリ文庫だと思っていましたよ。「七年ぶりの新作長編」とはいえ、実際は作者が後書きに書いている通り、「「推理ストーリー」に掲載された作品を、大幅に加筆、改稿し、長編化したもの」。
では雜誌に掲載されたものをそのまま捨てておくにはあまりに惜しい、という傑作なのかというと、これについては中町氏曰く、
大ざっぱにページを繰ってみたが、読み返すまでもなく、出来の悪い作品だという記憶は残っていた。
という代物でありますから、そもそもがこの中編を発掘して長編化を薦めた戸川氏の思惑にこちらとしては疑問符をつけてしまう譯ですけど、そうはいっても長編にした結果それが傑作に生まれ變わっていれば讀者としてはノープロブレム、果たしてどんなものなのかと讀みすすめていったものの、結論からいうとかなり微妙、……でしょうか。
物語は例によって意味ありげなプロローグからスタートかと思っていると、今回は存外にシンプルで、これから山小屋で殺されるゲス野郎の所行を皆が語っていくという結構でありまして、この最後に「謎の男」として何者かしれない男のシーンが描かれているところがミソ。謎解きの前には犯人とともに、この「謎の男」の正体について推理してみて頂戴、という作者の言葉が添えられています。
物語の進み方もごくごくシンプルで、別段奇妙な病氣が出てくる譯でもなし、死人がザクザク出てきても旅情ツアーが強行されるようなシュールな展開もなく、山小屋にそれぞれの動機を祕めた連中が集まった曉に、ついに離れでゲス野郎が殺されてしまう。果たして犯人は、――という話。
中町ミステリ、イコール、アレ系という刷り込みがなされていて、なおかつ今回もジャケ帶には「叙述トリックの雄」と書かれているものですから、こちらもそういった方向での仕掛けを期待してしまうのですけど、今回ばかりは「中町信がアリバイの壁に挑む」とある通りに、山小屋に集った連中のチマチマとしたアリバイの檢証がメインで物語は進みます。
実をいえばこれは自分が一番苦手なパターンでありまして、黄金時代のミステリを彷彿とさせる鷹揚な展開に、やれ誰がその時間に何をしていた、ストーブの火はウンタラ、やれ男の声が聞こえた、と現代本格に壯大な謎や怪異を期待している自分としてはどうにもそのリアルに過ぎる謎の小粒さがいただけない。
そして作者のあとがきにある「最後の三行に、ちょっとしたひねりを加えてある」というそれについてなのですけど、確かにひねりとはいえ、これもミステリ的な仕掛けというよりはブラックな味わいを際だたせたものに過ぎず、中町ミステリにおいて最後に展開されるアレ系的な仕掛けではないので惡しからず。
とはいえ、この最後の「ひねり」と犯人の動機に絡めて素晴らしいネタを開陳してくれているのが、巻末にある佳多山氏の解説「模倣の解説」でありまして、「〈移情閣〉ゲーム」の解説中において現代本格的な素晴らしい顛倒を披露してくれた氏は、今回もメタ的ともいえる趣向を凝らしたネタでニヤニヤさせてくれます。
正直、本作での一番の収穫はこの佳多山氏の解説でありまして、中町氏の本編については「文庫だったらまア、讀んでもいいカモ……」なんていうかんじながら、寧ろ佳多山氏のファンが手に取るとかなり愉しめる一册といえるかもしれません。
しかし「〈移情閣〉ゲーム」は多島氏の手になる本編が素晴らしく、佳多山氏が解説で見せてくれたネタは現代本格的な趣向によって、本編の物語世界を見事に引き立てる役割を果たしていた譯ですけども、今回ばかりは物語がションボリの出來映えなゆえ、完全に解説が本編を喰ってしまっているところがちょっとアレ。
解説は小説の引き立て役にあらず、とか評論は小説の前に立てないとか何とか、そのあたりの主張を完全にブチ壞してしまう遊び心には感心できるものの、ごくごくフツーの解説を期待している人はどんなフウに感じられるのか、興味のあるところです。
それでも、「〈移情閣〉ゲーム」と同樣、こうした遊びは個人的には大歡迎なので、佳多山氏には「次作」を期待、――というか、氏には早く小説を書いてもらいたい、と期待しているのは自分だけではないと思うのですが、如何でしょう。