極上因果幽霊譚。
正統派ともいえる幽霊譚に、惡魔主義的な因果應報とセンチメンタル風味を添えた本作、キワモノ度は低め乍ら眉村卓御大の解説も含めてなかなか讀み應えのある作品に仕上がっています。
収録作は地元のスーパーを経営するゲス野郎が化け猫に取り憑かれて發狂するキワモノ因果話「魔性の猫」、スワッピング愛好會を通じて知り合った夫婦との幽霊セックスが小市民夫婦の好奇心を因果地獄に突き落とす「交霊の報い」、元胸病みの男が髑髏盃を通じて因果な初戀を思い出す「どくろ盃」、初戀女が息子に取り憑いて大變なことになる「死恋」、現代版安達ヶ原が廃屋マンションに再現される恐怖「怪異の部屋」。
若いお手伝いさんの正体は女幽霊「お迎え火」、結婚詐欺を目論んだゲス男が幽霊の手によって因果應報の返り討ちにあう「騙すと怖い」、レイプ野郎の因果噺かと思いきやほろ苦い悲哀譚へと回歸する「水子供養」、失踪した親父を廃屋で發見した息子が辿り着いた思いも掛けぬ事件の眞相とは「廃園の遺書」の全九編。
収録作は、小市民の好奇心や犯罪が惡魔主義の横溢する因果噺へと歸結する作品と、過去のほろ苦い追憶を絡めた極上の幽霊譚が基本路線ともいえ、そのいずれにも幽霊が絡んでいるところがミソ。
表題作でもある「魔性の猫」の主人公は、スーパーを経営し地元の商店會の会長やボーイスカウトの地區團長まで勤めているという、昔フウにいうと地方の名士といったところ。しかしこの男がとんでもないゲス野郎で、地元で續發した放火事件の犯人とも目される男(でも恐らく犯人ではない)が逮捕され、彼が留置場内で首をくくって死んだのをいいことに、その妻をネチネチといじめ拔いた末に彼女までを自殺に追い込んでしまったという極惡男。
で、その夫婦が飼っていた猫が野良猫となって最近家にやってくるのだが、……という話。猫嫌いだった娘が何故かこの野良猫だけは可愛がっていて、これを怪しいと思った妻もやがてスッカリ猫好きの奧様に變わってしまったというからゲス野郎の心中は穏やかじゃない。
もしかしたら娘も妻もあの野良猫が化けているんじゃないか、と訝しむ男がかつて夫婦が住んでいたという廃屋を訪ねていくと、……とここで主人公は、放火犯と認定された夫が自殺したあと、その妻をレイプしていたとカミングアウト。こうなれば讀者としてはこの猫嫌いのゲス野郎をとうてい許せる筈もなく、このあとの惡魔主義的な因果應報を期待してしまう譯ですけど、作者の山村氏はこんなキワモノマニアの思いを裏切ることなく、素晴らしい結末でゲス男を地獄にたたき落としてくれます。
「交霊の集い」も、そのキワモノ的な惡魔主義が横溢する一編で、倦怠期を迎えた小市民夫婦がスワッピング愛好會に入會、機關誌の通信欄にメッセージを投稿すると、是非是非というカップルから申込みが。実際に會ってみると向こうの妻というのがモノ凄い美人で主人公はその場でスッカリメロメロになってしまいます。
しかしその一方で向こうの旦那というのが美人妻には似つかわしくない醜男だったから、自分の妻は断るかと思いきや、何と妻も男の絶妙な淫技に溺れてしまう。で、自分の妻があの醜男にどんなフウにされたのか興味津々な主人公は、
「俺の話はそれくらいにして、今度はお前の話を聞かせる番だよ。よくもまああんな風采の悪い男に、抱かれる気になったもんだな」
「自分でもなぜだか、不思議でならないのよ。棚部さんの目を見ているうちに、あの人の魔力――いいえ、催眠術にかかったような変な気持になってしまって……」
「一見した感じでは、とても精力的なタイプには見えなかったがね」
「ああいう人ほど強いのよ。前戲はそれほどしつこくはなかったけど、そりゃ恥ずかしい恰好をさせられて……」
「どんふうに」
「両腿を思い切り開かせると、それをわたし自身の両手で支えていろっていうのよ。それから何されたんだけど、そのあとが長くって……もうやめて!こんな話させるの」
「いいじゃないか。俺はもっと微に入り細を穿って聞きたいんだ」
相手の醜男は催眠術師かと思いきや、實はもっとトンデモない代物で、これが實は二人とも幽霊。それもこの整形外科医である主人公に關わりがあって幽霊となったという因果が後半で明らかとなり、最後は惡魔主義的な幕引きで地獄に堕ちるという定番の展開がこれまた素晴らしい逸品です。
「騙すと怖い」の主人公は賭け事が大好きなボンクラで、東京大賞典で大穴に賭けてみたものの結果は慘敗。やけくそになった男は結婚詐欺でオールドミスから金を巻き上げてやろうと渋谷界隈をウロウロ、すると地味ながらもカモに適した女を發見します。
この女をマンマと騙した男は食事のあと、彼女の家に誘われるのですけど、これが「ガラス一面に、何十匹、いや何百匹ともしれない蠅が真っ黒になるほど群がっている」という、「フェノミナ」かはたまた「エクソシスト・ビギニング」か、というようなトンデモない屋敷。
普通だったらこのあたりで「この女はヤバい」と頭の中で警告燈が点滅する筈が、師走で金に困っているこの男は女を騙してルビーの指輪をせしめたのにスッカリ氣をよくして、また後日この家を訪ねていくのだが、……。
學生運動に熱中している弟というのがこの女にはいて、こいつが最後の因果噺に絡んでくるところが個人的にツボだったんですけど、最後の一言には思わずゾーッとなってしまいましたよ。
そのほか主人公の戦争時代の体験に幽霊譚を絡めた「廃園の遺書」や「死恋」などは、そこはかとなく悲哀を喚起する風格で、この中でも東京大空襲を扱った「死恋」で登場する女幽霊は相當に可愛そうで印象に残りました。
幽霊譚としては定番の展開を見せながら、現代を舞台にすることで怪異のディテールがおぞましさを喚起する「怪異の部屋」は福澤徹三の「幻日」あたりを想起させつつ、仕掛けを凝らしまくった「幻日」に比較すると、定番の構成から讀後の印象はアッサリ風味。このあたりにちょっと時代を感じさせてしまうところはあるものの、これがまたいい、ともいえるでしょう。
まさにジャケ帶にあるとおりに「あなたのまわりにもあるかもしれない、不気味な話。珠玉の現代怪奇譚」ともいえる本作、それぞれが極上の仕上がりを見せ、キワモノと惡魔主義を添えた風格は幽霊譚としても非常によく出來ていると思います。