第15回ホラー小説大賞短編賞受賞作ということから、壮絶な「怖さ」を期待してしまうのですけども、すでに「あちん」を讀了していて、作者である雀野女史の資質を理解出來ている方であれぱ最高に愉しめるであろう一冊。個人的には非常に、非常に堪能しました。物語の「語り」の強度という点では「あちん」を遙に凌ぐ仕上がりだと思います。
収録作は、脱走豚の顛末を悲哀と情感を込めた語りによって見事な童話へと昇華させた「トンコ」、ゾンビ志願の娘っ子のたくましき行動に哀しき家族愛を重ねて仕掛けを凝らした「ぞんび団地」、そして生者と死者の交わりを通して断絶と救済を描ききった正に雀野女史の真骨頂ともいえる逸品「黙契」の全三編。
「あちん」を讀んだ時には、その「怖さ」よりは常世の者との關わりに重心を置いた情感溢れる物語の風格に、これって怪談というよりは怪談フウの幻想小説じゃないかな、なんて感想を持ってしまったのですけども、本作に収録された三編はいずれもそうした怪談というくくりを離れたところで作者が本領を発揮してみせているところが素晴らしい。
勿論「あちん」が「怪談」であればこちらは「ホラー」というふうに、讀者としてはどうしても先入観を持ってしまうのですけども、ここ最近の何でもアリ的な角川ホラー文庫であれば、最初を飾る「トンコ」の奇天烈ぶりも案外アッサリと受け入れられるのではないでしょうか。
食肉用の豚が逃走してさア大變という「だけ」のお話をこれだけの物語に仕上げてしまうところには当然、作者なりの戦略がある譯で、解説で大森氏曰く「「トンコ」は豚を擬人化するかわりに、読者を擬豚化する」という表現でもって本作の「怖さ」を解説してみせるのですけども、正直それでも怖いかというと個人的にはアンマリ怖くはなくて(苦笑)、寧ろ巧みな語りと構成によって讀者を「擬豚化」してみせるその技巧に感心しました。
シリアルナンバーで語られていた一匹の豚が逃走というハプニングをきっかけに物語の中で「トンコ」という名前を授かり、そこからイッキに悲哀の物語が展開されていくといううまさは勿論なのですけども、この逃走劇が収束したあと、再びその名前が剥奪されて元の番号へと回帰していくという構成の妙と、幕引きのシーンの哀愁溢れる情景のうまさ。正直全然ホラーではないジャン、と思う一方、ホラーという括りから離れて、幻想文学という眼鏡で見れば一級品の風格を感じさせる作品だと思います。
「ぞんび団地」は、かつての暖かい家族を取り戻すためにゾンビになりたいという不思議チャンの娘っ子が主人公で、何故ゾンビがいるのか、或いはゾンビとこっちの世界との連關など物語の背景はスッ飛ばしたまま何だか平山ワールドを彷彿とさせるメルヘンチックなお話が展開されていきます。
ゾンビ君たちと戯れに行ったこっくりさんをきっかけに、何やら物語は不思議な方向へと流れていくのですけど、ここに定番の仕掛けを凝らしてあるところが心憎い。また何だかフツーに書いたらひばりチックなお話ながら、娘の悲哀を書き込むことによってホラーっぽい装飾を凝らしながら極上のメルヘンへと仕上げているところも面白い。
最後の「黙契」は一番のお気に入りで、「トンコ」や「ぞんび団地」が、登場人物に踏み込んだ描写であったのに比較すると、主人公となる兄、そして死者となった妹を突き放したフウに描いているところがやや意外。
上京して幸せに暮らしていると思っていた妹の自殺の眞相を兄が探っていくという、一見するとミステリを思わせる展開ながら、物語の力点はマッタク別のところに置かれてい、霊となったものの孤獨と断絶、そして救済をミステリとホラーの枠の中で描ききった作品です。
兄の視点から、自殺した娘の孤獨が次第に明らかにされていくあたりは極上のミステリらしい展開を見せるものの、兄に感情移入した書き方を敢えて退け、中盤から明らかにされていく死者たる妹の方へと讀者の意識を引き寄せていく結構がいい。悪霊たちの誘惑と兄との懐かしい回想のなかを激しく逡巡する妹の意識を中盤以降にジックリと描いていくところが秀逸で、果たして悪霊の勝利となって物語はホラーへと転じていくのかそれとも、――という盛り上げ方も素晴らしい。
ホラーという枠組みから期待してしまうそうした後半の展開に對して、作者が用意した着地点はやや意外なものながら、「あちん」の幕引きをすでに体験済みの讀者であれば、これこそは恐らく作者である雀野女史の書きたいところなのだろうな、と納得出來るものへと仕上がっています。
という譯で、個人的にはマッタク怖くなくて、怖さよりも、グズグズの腐乱死体の彼方に見える生者と死者との断絶、悲哀をめいっぱいに効かせた風格には賛否両論あろうかと推察されるものの、怪談やホラーから離れたところで讀んだ方が絶対に愉しめると思います。寧ろ、「怖い」話としての怪談やホラーとして取りかかると、この作品の良さは見えてこないような気がするのですが如何でしょう。
「あちん」の時には「怪談」としての先入観があったゆえ、正直讀後感はやや微妙、だったのですけど、本作は非常に愉しめました。「あちん」の最後に見せた物語世界が好きな人であればお気に入りの一冊になるに違いなく、怖さだと気持ち悪さだけがホラーじゃない、という鷹揚な本讀みの方にこそオススメしたいと思います。