黒すぎ(爆)。確かに登場人物は小鳩君に小佐内タンなんですけど、呆れかえってしまうほどの事件の構図と「儚い羊たちの祝宴」フウの「最後の一撃」には完全にノックアウト。傑作というより、個人的にはかなりの問題作というか、――もっとも「小市民」シリーズだからこそこの黒さが際だってくるともいえる譯で、フツーにキャラ萌えとして小佐内タン小佐内タンッ!とかいい歳した大人の男が気持ちワルい猫撫で聲をあげて鑑賞するだけであれば確かに小佐内タンの暗躍ぶりなどキャラ萌え小説としての愉しみどころはシッカリ凝らしてあるとはいえ、敢えて上下巻と分けて張り巡らせた仕掛けと黒い構図を完成させるための企みに目を凝らせばそうそう萌え萌えばかりでは濟まされないという一冊です。
上卷では、小鳩君は別の娘っ子と緩いデートをしながらホームズ的洞察推理を披露してくれるとはいえ、寧ろ本作のウリともいえる放火事件のミッシング・リンクというミステリ的な謎を追いかけていくのは新聞部の年下ボーイ。このあたりの「小市民」シリーズなのに、敢えて主要キャラの二人が後景に退いているという結構がちょっと不思議だったのですけども、この下卷ではその企みのすべてが明かされます。
放火事件に足を突っ込んで探偵氣どりの年下君を小佐内タンはやんわりと諫めるものの、とにかく彼女にいいところを見せたいボーイは聞く耳も持たず、犯人は俺ッチが捕まえてやろうと大張り切り。一方、シリーズものにおける真の探偵である小鳩君はこれまたコクられた娘っ子とラブラブと呼ぶにはやや微妙なデートを繰り返しているうち、何となーく件の放火事件にも關わることに。そうして新聞部のボーイの視點からミッシング・リンクを追いかけつつ、もしかしたら小佐内タンが件の放火事件の主犯ではという疑惑をさりげなく添えて、眞打ち探偵のパートとの連關を見せていきます。
いよいよ放火事件での大捕物が演じられようという晩になって、こちらの期待通りに見事、その現場を押さえた「探偵」が謎解きを開陳してみせるのですけど、――物語の外にいる讀者はその「探偵」の推理にウンウンと頷いてしまうものの、それが黒の奈落への序曲でもあり、ここから現代本格的にしてブラックな操りの構図が憎々しいほど鮮やかに描き出されていきます。
しかしこうした謎解きを舞台にした「探偵」の挫折はまだまだ表面上のもので、本作が黒いのは、寧ろこのあと、非常にアッサリとしたかたちで真犯人が明かされたあとの、作中における登場人物たちの非情への変異にあります。「探偵」はこの眞相開示のあと退場してマッタク影もなくなってしまうのとは対照的に、物語は「小市民」シリーズとしての真の結構を明らかにしていくのですけど、「探偵」の挫折を敢えて探偵の側から描くことなく、その「挫折」を「小市民」シリーズという本作の主題に絡めて完全に上から目線で描き切るという非情にはもう唖然。
当世、後期クイーン問題だ何だのと賑やかしい本格ミステリ界隈では、探偵の視点からその挫折を描きつつその視点の介入によって事件の構図が変異してしまうという樣態を描き出すのがごくごくフツーにイメージ出来る結構ながら、本作はそのあたりがマッタク異なっておりまして、確かにそこに「挫折」はあるものの、それを完全に突き放したかたちで、謎解きの複層化の名目に黒い視點によって「探偵」を奈落へと突き落とすという容赦のなさ、……というか、眞相開示の後に、本作はシリーズ化としての本来の姿を取り戻していくのですけど、ここで上卷では事件の展開を主導していたある人物の視點が見事に排除されてしまうという完全シカト状態へと變轉する黒さにはもう笑っていいのか何とも対応に困ってしまいます。
事件の構図の開陳によって、偽の探偵、偽の構図、といった「偽」がすべて裏返しにされて、上卷では後景に退いていたキャラ立ちがシリーズ本来の姿を獲得するという結構のあとに、ダメ押しとばかりに最後の一行で、えっ? タッタそれだけのために? と絶句してしまうような眞相が明かされるにいたってはもう口アングリ。
「ボトルネック」では主人公の側からその暗さ黒さを描いていたのに比較すると、こちらは後半で爆発する「シカト」とシリーズ・キャラたちによる完全上から目線が憎々しいほどの黒さを喚起するという点で、「どちらがキャラにヒドいか」といったら、こっちの方が遙かに殘酷のような気がするのですが如何でしょう。
勿論、そうした黒さのほか、探偵の行為が事件の樣態を変化させるという現代本格の技巧を意識した要素や、それに關連して偽の探偵や偽の構図を謎解きの多層化によって変移させる技法、さらには例によって例による操り三昧など、極上の現代本格的要素が盛り込まれていて、そうした部分とシリーズ・キャラの立ち方に、上卷では物語をドライブしていく上での重要な要素であったミッシング・リンクやフーダニットがどうでもよくなってしまうという破格の構成も秀逸です。
正直、本作を讀了してもまだ「小佐内タン萌えッ!」なんていえるミステリマニアの方が羨ましい。個人的には本作で見せてくれた黒すぎる操りには完全にドン引きで、絶対彼女にはロックオンされたくない、と思ってしまいましたよ(爆)。
小佐内タン信者のマゾ男であれば、その酷薄ぶりと非情を極めた恐ろしさに顫えあがって随喜の涙を流すこと間違いなし、という逸品です。上卷のアッサリぶりを見事に引っ繰り返してくれるやり過ぎぶりゆえ、下卷は心してかかることをオススメしたいと思います。