ジャケ帯に曰く「本格推理とテロリズムの融合」。もっとも本編で言及されている通り、テロというと普通は過激なドンパチをやらかす集団、みたいなイメージを抱いてしまうわけですが、本作の組織は虐殺暴動の類はいっさい忌避して国民に不安を植え付ける、――という石持ミステリらしく変テコなもの。その意味では「耳をふさいで夜を走る」の連中にも通じるアレっぷりで、そうした設定もふくめて奇天烈ロジックを展開するための仕込みは万全です。
物語は「TURN Ⅰ」「TURN Ⅱ」「TURNⅢ」というふうに大きく三部構成となっていて、九つのMissionが収録されているという一話完結の連作短編的な構成です。しかし、TURNを経るごとに、組織の細胞の行動が微妙なズレを起こしていくところなど、長編としても読めるところが面白い。
冒頭を飾る「檸檬」は、ジャケ帯にも記されている通り、レモンを使ってテロを敢行せよ、という命令を受けた細胞たちがその行動の意味を知らされないまま、レモンをスーパーの売り場に置いてくる、というもの。いったいそのレモンを置くという行為にどのような過激なテロの意味があるのか、ということが推理されるわけですが、この眞相開示をきっかけに、組織の異様な振る舞いと思想の端緒が語れるという、いうなればお披露目的な意味合いをもった一編ゆえ、眞相そのものはややイージー。
しかし続く「一握の砂」は、アライグマを公園の砂場に捨ててこい、というもので、このミッションにおいては、アライグマともうひとつ、あるアイテムを一緒に持たされるのですが、この二つの連関がもたらす眞相は見事の一言。アライグマという対象を目立たせてそれを読者の前ではミスリードの機能を担わせるとともに、推理の過程でもう一つのアイテムとの意味合いが「スイッチ」という一言で見事な逆転を見せるロジックなど、石持ミステリならではの仕込みが素晴らしい一編です。
「道程」ではクシャクシャにした新聞紙を紙袋に入れて、そいつを電車の中に置いてこい、というもので、ここでもその行為がもたらす意味合いが推理されるのですが、こうした日常の謎にも通じる奇妙な行動の背景をロジックによって繙いていくという結構は、続くTURNⅡから微妙な変化を見せていきます。
それはこの組織が国民に不安を植え付けることだけではなく、もうひとつの目的があるところとも強く絡んでくるのですが、TURNⅠではそれぞれが行動を共にしていたところを、別行動によって、個々人が細胞として組織から与えられた任務を完遂するという「変化」にも関連してきます。各は自分たちの行動の真意を知らないままミッションをクリアしなければならないというところがある種の疑心暗鬼を生んでいくのは、フツーの人間であったら当然ともいえ、こうした心理を巧みにすくい取りながら、後半のカタストロフへと繋げていく展開もまた見事。
TURNⅡからは組織の非情とでもいうべき側面を描き出していく一方、細胞としての個人が組織の思惑から外れた行動を取るようになり、……という流れは、石持ワールドの住人は皆が皆どこか外れた思考の持ち主という定型からはやや「ずれた」感覚を読者は抱いてしまうのですが、むしろ恋愛感情から心の迷いが生じるところなど、今回ばかりは奇妙な石持ワールドだからこそ普通人としての心の機微が際立つという逆説的な風格もあり、このあたりは従来からのささやかな変化といえるかもしれません。
「駆け込み訴え」におけるそれぞれの細胞の分業など、個人的には何やら半村良の嘘部シリーズを彷彿とさせる展開をみせるところもツボだったのですが、TURNⅢの悲劇的な展開はかなり意外、でした。石持ワールド的には、その思考パターンからいっても一番生き残っていそうな人物がああなってしまうという結末には驚いてしまったものの、よくよく考えてみると、近作の「君がいなくても平気」にしろ「リスの窒息」にしろ、「女って怖い」という一言に集約できるともいえるわけで、そうした意味では本作のラストは「君がいなくても平気」と同じ路線を狙った、石持ミステリならではの倫理観ならぬ、ねじれた女性觀を鮮やかに反映させた逸品、といえるのカモしれません。
それともうひとつ意外だったのは、今回はまったくエロがなかったことでありまして、さずかに「君がいなくても平気」ではエロを盛り込みすぎて何だか凄いことになっちゃったのを反省してか、「練習したいのなら、こっちのベッドに来て」とアングラ女優フウの美女が男にモーションをかけるくらいで、このあたりはチと期待はずれ(爆)。
しかし人工美を極めたロジックを構築するための仕込みのうまさが光る「一握の砂」「駆け込み訴え」や、ロジックによって邪悪な企図を明らかにしてみせる「小僧の神様」「蜘蛛の糸」など、石持ミステリならではの愉しみどころはシッカリと凝らされているゆえ、ファンであれば満足できること請け合い、という一冊ではないでしょうか。