キ印幻想夢語り、レアものの法悦。
定期的にボチボチと取り上げている、我らがキワモノマニアのマストアイテム、出版芸術社のふしぎ文学館シリーズでありますが、今回は以前も取り上げた鮎川御大と芦辺センセが強力タッグを組んでセレクトしたキワモノミステリのレアもの傑作選第二彈、「妖異百物語 第二夜」を紹介したいと思います。
第一夜も鷲尾三郎の「魚臭」や辰巳隆司の「人喰い蝦蟇」など、當にキワモノの至宝ともいえる怪作品がテンコモリだった譯ですが、本作も第一夜のテイストはそのままに素晴らしい作品が目白押しで、マニアとしては絶對に読み逃せない絶品に仕上がっています。
幽霊の怪異が島田御大の本格ミステリー風にキッチリと解かれる丘美丈二郎の「佐門谷」、アンニュイな蛆虫の一人語りという奇天烈な発想が一般人の讀者の思考力を破壞する潮寒二の「蛆」、マッドサイエンティストの因果應報、志摩夏次郎の「怪樹」、神話を絡めた幻想譚が素晴らしい異國テイストを釀している紗原幻一郎の「神になりそこねた男」、カジシンの「ちほう・の・じだい」より數段恐い矢野徹「海月状菌汚染」、子供の一人語りが思わぬ犯罪を暴き立てる松本恵子「子供の日記」、自分の夫がロボットなのではという妄想に取り憑かれた女の物語、田中文雄「キチキチ」、淫亂オラウータンに密林で拉致された男の物語、篠鉄夫の「魔女の膏薬」、そしてイケメン一寸法師の狂氣の犯罪を描いた怪作にしてキワモノの傑作、山村正夫の「畸形児」、和風サイコのこれまた傑作、山口年子の「かぐや変生」、「女王蜘蛛の舌」の蠅版ともいえる楳図かずおの「蠅」など、全十四編を収録。
個人的に一番ツボだったのは山村正夫の「畸形児」で、主人公はカンカン帽に蝶ネクタイという洒落たいでたちでサンドイッチマンをやっている男なんですけど、これが「たったいまサーカス小屋からでも逃げ出して来たような、おどけた一寸法師」であるというところがミソ。
この男のトラウマ語りが素晴らしく、幼い頃から相思相愛だった女の子がいたものの、この一寸法師は時が経つにつれて病気の為に成長がとまってしまう。で、侏儒であるが故に彼はフラれてしまうのですが、それがずうっと心の傷になっている譯です。
さらにこの男の母親というのが独自の教育方針を持っておりまして曰く、
物心ついたとき以来、母親の太喜子から、「お前は醜い子なんだから」と、耳にタコができるほど、いいきかされて、育てられてきた章魚吉である。太喜子が生きているあいだは、いっさい、鏡を見ることを、許されなかった。第一、家に鏡というものがなかった。――しかし、彼は、決して母を恨んではいない。その母があったればこそ、今の明朗な、彼の人生觀も、育まれたのだ、と思っている。
まあ、実をいえば「思っている」だけで、実際は本人も気付かないうちにこれがかなりのトラウマになっているんですけどねえ。更にあたかも呪いのように同じ言葉を自分の息子に言い聞かせる母親は完全にイッちゃっているんですけど、どうやらそれにも氣がついていない樣子で、
「醜い、お前は醜い子……」
太喜子は、眼に涙をいっぱいためながら、それでいて、声だけはわざときつくして、言い聞かせる。
何もかも甘やかして育てて、一人で社会に出てから、卑屈になるより、はじめから、自分は醜い子だということを、意識させて、将来人に好かれ、人にすがって生きてゆけるような、気弱な、おとなしい男に育てる方が、かえって章魚吉の長い行く末にとっては、幸福なのではないかと、彼女一流の人生観で考えたからである。
しかし外人に金を惠んでもらったことをきっかけに、この一寸法師は自分がかなりのイケメンであることに氣がついて、以後、このキ印の母親の人生観に則った尖鋭教育の成果も空しく、人生を転落していく譯ですよ。
男は火事で半焼した館に暮らしていて、そこに蝦蟇口のような唇をもったブ女のホステスと半同棲の生活を行っているんですけど、この三流バーのホステスが、昔男がフられた女のことを口にしたから大變ですよ。何でもかつては相思相愛だったあの女の子がとある男を結婚すると聞きつけた一寸法師は、ある計略を巡らすのだが、……。
とにかく何ともな幕引きが素晴らしく、フリークスものに獨特の悲哀をまじえた風格が蘭郁二郎を髣髴とさせるキワモノの傑作でしょう。
丘美丈二郎の「佐門谷」は、電車が遅れて夜中に山中のうらびれた駅を訪れた男が、馬車に乗って山越えを行おうとするのですが、その谷に噂がたっている幽霊が現れて、……という話。この幽霊の怪異が後半に到ってシッカリと説明されて解かれるあたりが本格ミステリーで、小粒ながらもミステリとしての着地を見せる佳作。
潮寒二の「蛆」は當に怪作というに相應しいキワモノで、この作者、そういえば鮎川御大セレクトの「怪奇探偵小説集」で「蛞蝓妄想譜」というアシッドトリップ小説を書いていた怪人物ですから、當然この「蛆」もかなりイッてしまっている作品でありまして、まず語り手はアンニュイな蛆虫というところからもう常人には完全に理解不能。
で、この蛆虫が投げやりな雰圍氣で、母親の蠅のことを語り出すという趣向なんですけど、ここに人間世界での殺人事件を絡めて自分の私生活をダラダラと語ります。變態度は「蛞蝓妄想譜」の方が遙かに上回るものの、本作も投げやりっぷりと蛆蠅の獨特の視線から見た人間悲劇が何ともいえないバットトリップを釀し出します。
志摩夏次郎の「怪樹」は吸血植物を生み出したマッドサイエンテストもので、香山滋をB級に仕上げた雰圍氣が好き者にはタマりません。もう御約束とばかりにキ印博士が最後に自分の創造物にアレされてしまう幕引きといい、キワモノマニアも安心して讀める一品でしょう。
紗原幻一郎の「神になりそこねた男」は、ロシア人のキ印兄貴から聞き出した神の地に逃げおおせた、日本男兒とロシア美人の二人の生活を描きつつ、そこに神話的な不思議を絡めた幻想譚。
矢野徹の「海月状菌汚染」は、突然犬が人間に牙を剥いて襲いかかるようになり奇妙な狂犬病が萬延、その病気に感染すると人間は知性を失い、「わんわん、こわい……」とブツブツ呟くような癡呆になってしまう。このパニックを淡々と記す男の独白が最後に溶暗する幕引きがいい。
松本恵子の「子供の日記」は表題通りの作品で、子供の視點から見た大人の世界を描いたものなのですが、反目する大人の女性たちの間である事件が起こるのだが、実は、……という話。無垢な子供故の悲劇的なラストが素晴らしい。
田中文雄の「キチキチ」はSF世界にミステリ的な反転を見せる佳作で、自分の夫が逃走したロボットではないのかという妄想に取り憑かれた女の物語。最後にやってくる予想とおりの結末でしっかりと纏めるところがいい。
……って何だか頁数を超過してしまったので、後は氣に入ったものだけを簡單に。
篠鉄夫の「魔女の膏薬」は、戦争で密林に驅り出された日本人醫師の物語で、部族の淫亂娘がオラウータンに拉致されてしまったのをきっかけに男は密林の中へ女を捜しに行くものの、今度は自分が淫亂な牝オラウータンに捕まってしまう。
逃げることも出來ずに、この淫亂牝オラウータンのご機嫌を取りながら暮らしていると、ある日、獰猛な牡猿が襲撃してくる。男は両方の猿を殺してしまうのですが、この事件をきっかけに猿に攫われて行方不明になっていた淫亂娘を發見、どうやら彼女は男が殺した牡オラウータンと一緒に暮らしていたらしく、猿の慰み者になっていたのかと男は女に同情するものの、村に帰ってみれば部族の人間はこの淫亂娘と男を結婚させようと画策、結局女は美人だし多淫だし、……という譯で一緒に暮らし始めるのですが、やがて女が妊娠したことをきっかけにトンデモない事實が発覺して、……という話。
とにかく猿、猿、猿というかんじで、牝猿に胴締めされ男が氣絶、眼が醒めてみれば傍らには淫亂オラウータンがうっとりとこちらを見つめているという悪夢的な構図に戸川センセもおそらくは大滿足の怪作です。
山口年子の「かぐや変生」は、学生との同性愛がバレて山奧に隱居してしまった先生を訪ねていった私が見たものは、……という話。竹林に囲まれた家に先生と一緒に暮らしている女の正体は果たして、という謎が最後に明らかにされるのですが、描写は明確でいて、竹取物語の引用とともに幻想風味がふんだんに盛り込まれた物語の展開が見事。
楳図かずおの「蠅」はちくま文庫から出ている綾辻センセのアンソロジーで讀まれた方もいるのでは。話の方は「神の左手悪魔の右手」の「女王蜘蛛の舌」の蜘蛛を蠅に置き換えたものといえば雰圍氣は分かっていただけるでしょうかねえ。ウジャラウジャラ湧いてくる蜘蛛の大群も凄まじかった「女王蜘蛛の舌」でしたけど、こちらは全身にうずたかく群がる蠅の描写が強烈。異國で見た女の首筋の黒子のモチーフが形をかえて、日本の都市で蠅となって甦るという幻視力が素晴らしい。傑作でしょう。
解説の方は第一夜と同樣、鮎川御大、芦辺氏、日下氏の三氏の手になるもので、それぞれの個性が出ていて面白い。的確に物語の讀みどころと作者の来歴を短文に纏める日下氏、物語の個性の紹介に注力した、作品への愛を感じさせる芦辺氏、そしてどうにも一人語りっぽい鮎川御大といったかんじでしょうか。アンソロジーでの鮎川御大の一人語り、これはもう御約束のようなものですからねえ。
そして芦辺氏の「あとがき――あるいは好事家のためのノート」はマニア必讀。ここではこのふしぎ文学館の仕掛け人の正体が明かされておりまして、芦辺氏曰く「担当編集者(にして恐るべきビブリオマニア)」の名は、溝畑康史氏。とにかくここでの芦辺氏とのやりとりはかなり笑えますよ。そして第一夜そして第二夜の作品集が何故かくもマニアックになってしまったのか、その理由もここで明かされています。
普通の本讀みはまず確実にアウトでしょうが、マニアは狂喜必至、マイナーな怪作傑作のセレクトが素晴らしすぎる逸品です。第一夜の驚愕を体験した御仁は勿論本作第二夜も手にとっていただき、是非ともこのキワモノの法悦に全身を震わせていただきたいと思いますよ。おすすめです。