超人探偵不在に、キ印人間大暴れ。
キワモノマニア御用達のふしぎ文学館シリーズをリリースしている出版芸術社は、キワモノ系のSF本も出しておりまして、本作はその中の一册です。作者は高木彬光とはいえ、こちらはSFですから天才探偵神津恭介は勿論登場しません。その代わりといっては何ですが、表題作の長編「ハスキル人」を始め、収録されている四つの短篇で活躍するのはかなりの奇天烈キ印人間ばかり。
特に短篇四作はいずれもかなりハジケた作品ばかりでありまして、宇宙人の置きみやげに人間が青銅化されてしまう侵略ものの「食人金属」、巨大カブトムシや有尾の巨人の出現にゴードン監督も大滿足(ウソ)の「ビキニの白髮鬼」、目ン玉がビカビカ光るレトロロボットが大暴れする「ロボットX53」、狂愛が宇宙船での連續殺人へと發展する「宇宙船の死の花嫁」など、キワモノマニアとしては見逃せない作品が目白押し。
まず最初を飾る「食人金属」は、空飛ぶ円盤が置いていった奇妙な卵がトンデモない事態を引き起こすという物語。冒頭、自衛隊機が円盤を見つけてスクランブルを試みるのですが、基地からの引き返せという命令も無視して、パイロットは「問答無用!」とサムライ魂を炸裂、速度調整装置のレバーを蹴り續けて四マッハに近い全速力で円盤を追いかけます。
円盤は富士山麓に不時着するものの、着陸した周囲には鷄卵のような白い卵がたくさん落ちている。そのうち円盤は轟音をあげて飛び去るのですが、この卵がこの後トンデモない事態を引き起こします。
博士がおそるおそるその卵にハツカネズミを触れさせてみると、それがコチコチの青銅色の塊になってしまったから吃驚ですよ。やがて世界のあちこちでこの卵が発見されるものの、フランスの博士がこの卵を無害のものへと變えてしまう方法を発見して、人類は恐怖を脱したかに思えたのだが、……とここから地球レベルでのパニックがいきなり一個人の煩惱劇へと姿を變えてしまいます。命がけで惚れていた女性が他の男と結婚すると知った新聞記者がブチ切れて、件の宇宙人の置きみやげを使ってその女性を青銅に變えてしまいます。警察が男の部屋に駆けつけると果たして、……という話。
最後は何とも理解に苦しむような終わり方をするのですが、何となくこのしっくりこない脱力ぶりはさながら迷作「宇宙から来たツタンカーメン」を髣髴とさせる、……っていっても誰も分かりませんよねえ。まあ、全編に渡ってB級というかC級テイストが溢れだしている素晴らしい迷作です。
「食人金属」が「宇宙から来たツタンカーメン」だったら、續く「ビキニの白髪鬼」はあの奇才、というか奇人バート・ゴードンの「巨大生物の島」とでもいうか、香山滋の祕境ものかな、なんて感じで讀み進めていくと、最後の眞相に脱力してしまう素晴らしい作品です。
あらすじを簡単に纏めると、一人の日本人研究者が、婚約者でもある日系ブラジル人の美女たちとともにビキニの祕境を目指すというものなのですが、探険隊のメンバーの中にいかにも胡散臭い輩が混じっているというのも御約束。目指す魔境には身長三十センチの黒蟻だの、一メートルもあるカブトムシがいるというのだけども、件の日本人はそんなもの外人博士の與太話に違いないと聞き流してしまいます。
やがて祕境が近づくにつれ、探険隊の中にも確執が生まれてきてというのもこれまた予想通り、密林の中にはドコドコと太鼓が鳴り響き、ついには噂に聞いていた体長一メートルあまりのカブトムシが出現、探険隊の廻りをブンブンと飛び回ります。やがてこの極限状態に主人公の婚約者は發狂、探険隊の男衆は發狂した彼女を輪姦して、……と日本人の主人公にはアンマリな展開の最後に待ち受けている脱力の眞相とは、という話。
「ロボットX53」はマッドサイエンティストが發明したヘンテコロボットが暴れ回るお話で、何よりもまずこのロボットのレトロっぽい造詣がいい。「キイキイキイと、下手なバイオリンをかき鳴らすような金属的な音」をさせながら、目ン玉をビカビカと発光させて人間を襲う姿はこれまたキワモノ映畫の迷作、ジョン・バッド・カードス監督の「ザ・ダーク」で暗闇の中をうろつき回る宇宙人を髣髴とさせ、……っていっても分かりませんか。
おまけにこのロボット、二足歩行で悠然と歩くのではなく、さながらスケートで氷の上を滑るようにブワーッとこちらに向かってくるというから恐い。で、このキ印ロボットの出現に町中は騷然とするのですが、やがてこれをビルドした博士が登場。彼曰く、自分がつくったロボットはすべて遠隔操縦が可能だというのだけども、件の奇天烈ロボットだけは自分の意志で動き回るようになってしまったという。
で、このロボットはとある女性に惚れてしまい、女を誘拐して逃走をはかります。追いかける警察に博士はロボットの遠隔操縦を試みるのですが、それがすべて裏目に出てしまうというのが笑える。まずロボットについているスピーカーから「撃つな!撃つな!」とか呼びかけるのですが、警察はロボットが突然人聲を發したから唖然としてしまう。
警察も「貴樣は日本語が分かるのか!」とかいうんですけど、何しろこのロボットは今や東京中で目の敵にされているという役回りですから人聲で呼びかけても全然説得力がありません。それでは、ということで無條件降服の意志を示そうとして、バンザイの姿勢をとろうと両手を振り上げるのですが、そうすると抱いていた女を頭の上に持ち上げる恰好になってしまったから大變ですよ。警官たちはすっかりロボットが女を殺すものと勘違いしていっせいに発砲、果たしてロボットは、……。
「宇宙船の死の花嫁」は火星基地へと向かう筈だった宇宙船がSOSを發したあと消息を絶ってしまう。しかし宇宙船は航路を外れたあともまだ飛んでいて、その中では乘客が次々と不可解な死を遂げていき、……という話。この宇宙船内での連續殺人には当然犯人がいる譯ですが、その動機というのが何ともな作品です。
そして表題作の「ハスキル人」は、海月みたいな脳髄をシリンダーに詰め込んでやってきた宇宙人が、地球の人間に憑依して、……という話。しかしこの宇宙人が憑依したのが、近所では変人と知られていたキ印だったから、宇宙人がどんなに超人な才能を示してもキ印だ山師だと嘲笑されまったく信じてもらえない。
やがてキ印男は樣々な發明をしたりして、その實力が本物であることを示してみせるのですが、そこにアメリカとソ連が目をつけ、宇宙人が憑依したキ印男は両大國の陰謀に卷き込まれていきます。ソ連の方は色仕掛けという裏技でキ印男を籠絡するのですが、その女は右翼バカに殺されてしまう。宇宙人が憑依したキ印男は自分が彼女を甦らせるというのだが、醫者も誰も信じてくれない。
やがて右翼バカも含めてキ印男に逆らう人間は不可解な死を遂げて、……と中盤はミステリ風な展開を見せつつ、ついにキ印男は殺されてしまいます。最後が明るい結末で終わるところが半村良と違うところでしょうか。物語の展開や仕掛けはどことなく「岬一郎の抵抗」みたいなかんじなんですけど、幕引きはなかなか洒落ています。これは好きですねえ。
前半のキ印なのか本当に宇宙人なのか、周囲の人間が疑心暗鬼のまま振り回される展開はなかなか愉しく、キワモノマニアとしても滿足度は高いです。中盤、両大國の陰謀にキ印男と主人公が卷き込まれていくあたりから、だんだん普通になっていってしまうのですけど、ミステリ風サスペンス風の盛り上げ方も巧みで飽きさせません。確かに作者の作品の中ではかなり異色ですが、なかなかの名作だと思いますよ。
という譯で、前半に収録された短篇のキワモノぶりと、表題作のサービス精神旺盛な作風に普通の本読みも滿足出來る一册に仕上がっています。前半のキワモノSFだけだったら「ふしぎ文学館」のシリーズに入れてもいいくらいなんですけど、頁数からいっても表題作「ハスキル人」が主ととらえるべきでしょう。キワモノマニアは短篇のハジケっぷりにニヤニヤし、普通人は表題作の巧みな物語を満喫出來るというお買い得感の高い作品でしょう。おすすめ。