傑作。
雪御所三部作で見せた憂鬱な展開は皆無で、谺健二入門作として多くの人に讀んでもらいたい本作、あの大傑作「赫い月照」のあとただったので次作はどんなかんじで來るのかと思っていましたが、裝いは軽く、それでも谺氏の作品に特有の社會派的な動機や「赫い月照」にも通じる人間の心の暗黒を物語の核に据えているあたり、三部作にも通じる重さをも併せ持っている物語でありました。
物語は惑星バ・スウから宇宙の探査へと旅立つイレム・ロウについて語られるプロローグの一節「遠い星の物語」から始まります。
いきなり宇宙人?と面食らっていると、今度は自宅で妹を凌辱され、殺された茅春、そして悪徳業者に騙されて多額の借金を抱えたすえ自殺した妻を回想する周藏、さらには暗い過去を持つらしい洵という三人について描かれます。
第一章に至って、プロローグで語られたイレム・ロウが地球へと降り立つ場面に戻ります。本作は基本的に地球へと降り立ったイレムの視点から書かれていて、彼は不可解な連続殺人事件へと卷き込まれていきます。この事件の背後には海の上に建設された私設天文臺の存在が絡んでいるようなのですが、物語は中盤に至っても事件の全體像は見えてきません。
その一方で人間の假の姿で事件の真相を突き止めようとするイレムにテレパシーで警告を発してくる果凛の存在は何なのか、など當にジャケ帶にあるような「奇想」が際だっています。
このイレムという宇宙人の発想が自分的にはかなりツボでした。何というか、半村良の「妖星伝」におけるボーダラカ人のようで、地球人の持っている愛という概念にたいする疑念や、殺人と戦争を同じものとして考えるところなどの設定が、いい。しかしこうして讀み返してみると、このイレムと彼を助けた佳織との會話に事件に繋がるいくつかの伏線はきちんと明かされているんですよねえ。
殺人事件も、証明写真機の密室、そして小さな孤島ともいえる天文臺で起こった逆密室殺人、誰もいないところで焼死した男、そして大時計の磔刑、……などなど、この大掛かりな謎と仕掛けはミステリ好きには堪らないでしょう。
特にこの天文臺の奇想は、當に島田御大のアレを髣髴とさせる、というか、もしかして谺健二氏、島田御大のあの作品を意識していますかね、というもので、「凶器」の仕掛けなども含めて、ジャケ帶にある「奇想の達人が紡ぎ出した新たなる悪夢」という言葉に僞りはありません。
物語の後半で、イレムに語りかけてくる果凛の謎は解けるのですが、ここで現実に還ってきても物語はまだ終わりません。寧ろ、事件の背後にある痛ましい眞相が明らかになり、犯人の狂氣が炸裂するのはここから。
この動機、そして事件の背後にあって今回の連続殺人事件の引き金をひいてしまったある人物の痛ましい過去が暴かれます。このあたりの畳みかけるような展開はまさに谺氏の眞骨頂でしょう。
そして事件が終わり、イレムが宇宙へと還っていったあとのエピローグが秀逸。この肯定的な終幕は雪御所三部作にはなかったもので、「未明の悪夢」から「赫い月照」で「あのテーマ」に對してひとつの區切りをつけた谺氏は、今後本作のような肯定的な物語を書いていくということなのでしょうか。個人的には大歡迎。といいつつそれでも「恋霊館事件」の解説で明かされていた雪御所シリーズの短篇は讀んでみたいですよ。
とにかく谺健二という奇想の達人(個人的には島田莊司の直系でありかつ中井英夫の魂を受け繼いだ作家だと確信しています)の入門書として最適。多くのミステリ好きにおすすめしたい傑作であります。