タイトルに欺かれるなかれ。
「台湾ミステリを知る」第九回は、以前紹介した台湾ミステリの傑作「錯置體」の作者、藍霄の短編を取り上げてみたいと思います。
藍霄というと「錯置體」、「天人菊殺人事件」、そしてこれまた本格ミステリの傑作「光與影」など長編小説作家という印象が強く、実をいえば短編で讀んだことがあるのはこの作品だけありまして。まあ、それでも果たして長編の風格とはどう違うのかというあたりが氣になるところですよねえ。
物語は高雄の警察官たちがテレビを食べながら麺を喰っているところへ、アイドルが殺されたという事件がテレビの臨時テロップで流れて、……というところから始まります。このアイドルというのがコケティュッシュでセクシー、そして熱狂的ファンからは「妖女派教主」なんていわれているところから日本でいうと、まあ一昔前の浜崎あゆみみたいものかなあ、とか考えてしまうんですけど、この當のアイドルはさらに度重なる毒舌と問題発言で世間から注目されているという設定がちょっと獨特。
で、その毒舌女が高雄に來るっていうんで、警察には「あのクソアマ、俺がぶっ殺してやるからな!」みたいな脅迫電話もくるわでテンヤワンヤ。警察の方としても犯罪を未然に防止しなければという譯で、脅迫電話の一件も無視出來ずどうしたものかと氣に懸けていたところに、彼女がコンサート中に殺されたというニュースが飛び込んできたから大變ですよ。
コンサート中といっても、實際の犯行現場はコンサート會場のトイレの中。彼女の一幕が終わり、休憩時間ということで、レコード会社の女性がさした傘に入ってトイレに向かったものの、いつまで經っても彼女が出て來ない。おかしいと思った女性がトイレに行くと、怪しげな暴漢が飛び出してきて、中を見ると血まみれの彼女が倒れていた。
で、その暴漢はバイクで逃走、しばらくして湖のあたりをブラブラしているところを現行犯逮捕されたのですが、その怪しげな男は「俺は殺してなんていねえよ」と斷固として犯行を否定、さらにマスコミの前では「我在大貝湖遇見恐龍(大貝湖で恐龍を見たんだって)!」なんてキ印めいたことを繰り返すばかりで埒があかない。果たしてアイドルを殺したのはこのキ印男なのか、それとも、……という話。
本作では表題にもなっている「我在大貝湖遇見恐龍」という意味不明の言葉が、果たしてこのアイドル殺人事件とどう絡んでくるのかというところも見所で、冒頭、警察連中が麺をすすっている場面でもさりげなく「UFO――外星人遺體之謎(宇宙人の死体の謎)」なんていう雑誌の見出しが述べてあったりと、トンデモUMA系のアイテムを物語の要所要所に鏤めつつ、男が恐龍を見たというのは果たして本當なのかというあたりの謎で讀者を惹きつけます。
ただこの恐龍の謎はちょっと脱力、ですかねえ。もっとも探偵である泰博士はこの男の奇妙な言説をひとつの手掛かりとして、彼が事件の犯人ではないことを解き明かしていくんですけど、「錯置體」での幻想的な手記の内容で、連城三紀彦の「暗色コメディ」や島田御大の「眩暈」を髣髴とさせる素晴らしい展開を見せてくれた藍霄氏のこと、この謎めいた男の言葉についてもああいうかんじでいくのかなあ、と期待していたんですけど、このへんはちょっと肩すかし、というか勿體ない。これが長編だったら、「錯置體」の手記みたいに、男のキ印めいた言説をもっと引き延ばして、この謎だけで中盤を引っ張っていくみたいな展開になったのではないかなあ、と思ってしまうのでありました。
ただ自分が期待していたそういう幻想ミステリ的な側面をひとまずおいて、本格ミステリとして見た場合、やはり作者らしい推理の冴えはこの短編でも健在です。ある醫學的知識を土台に、現場を目撃したという人物の証言の一言一言の綾から矛盾を探り出していくという手法は痛快で、やはり作者藍霄の風格というのはこっちなのかなあ、と思った次第です。
未だ三つの長編と、短編では本作を讀んだだけなので、作者の作風について固定観念を持つのはアレなんですけど、「光與影」の本格ミステリとしての堂々たる風格や、オーソドックスな推理で安心して讀ませる本作などを見てみると、やはり「錯置體」は藍霄氏にとってはかなりの異色作なのかも、と思った次第です。
で、この作品が掲載されていた「野葡萄」五號には、藍霄氏の手になる「推理(偵探)小説的基本元素與架構」という文章が収録されておりまして、これがなかなか興味深い内容です。島崎御大をはじめとして、台湾のミステリ作家の「偵探小説、推理小説とはどのようなものなのか」という考えが列擧されておりまして、ここから藍霄氏は推理小説を建造物にたとえ、推理小説がもっている模式化というところに焦点をあてています。
他人の考えだの定義だの思想だのそんなものは斷固として認められない、他人の意見が自分と違っていたらそれは正す必要があるッと考えているような本格推理原理主義者にしてみればまったく參考にはならないでしょうけど、とりあえずそういう方々はおいといて、樣々な作家や評論家、ミステリファンの意見に耳を傾けてみるのも面白いのでは、という譯で、ここに挙げられている台湾ミステリ作家研究者の意見を紹介してみたいと思うんですけと、ちょっと長くなってしまいそうなので、次のエントリで述べたいと思います。という譯で以下次號。