まったくのノーマークだったのですけど、本屋で有栖川氏の推薦文を見て衝動買いしてしまいました。ライトノベル作家のようなので、自分のような中年のキワモノマニアがここで感想を書いたりなんかしたら、六十年代生まれのオッサンがこういう作品について語る資格なんかないんだよ、笠井先生に言いつけるぞ!とかいわれそうなんでアレなんですけど(爆)、素晴らしい作品で新本格を讀んできたオジサンオバサンも十分に愉しめる一冊、ということで取り上げてみたいと思います。
とはいえ推薦文に有栖川氏といえば、最近は「ぐげらぼあ!」なんていうやつをおすすめいただいてヒドい目にあった後ということもあって正直不安だったこともまた事實、いったいどんなものかと感じで讀み進めていったら、最後の最期で見事に背負い投げを喰らわされてしまいました。
物語の舞台はとある高校で、ここには夭折した天才藝術家の弟子たちがデカい面をして君臨している教室があり、この學校の理事の孫である娘っ子の兄イはどうやらこの教室の連中に色々とヒドいことをされて自殺してしまったらしい。で、件の娘っ子は教室の連中に復讐を誓い、色々とコロシのアイディアを腦内會話で妄想していくのだけども、自分が頭で思い描いた通りにひとり、またひとりと連中が行方不明になったり殺されたりしていく。果たしてコトの眞相は、……という話。
物語は「僕」が「君」に語りかけていくというスタイルで進み、章立てもそれぞれ「僕」と「君」という言葉を絡めたものとなっているところが本作の仕掛けのキモ。またところどころに赤石沢宗隆なる人物の獨白が挿入されているのですけど、この赤石沢というのが夭折した天才藝術家で彼のおぞましい実験の内容が次第に明かされていくという趣向です。
「僕」と「君」という語りの形式に關しては、新本格からメフィスト作品まで讀んでいる讀者であれば當然考えるであろう先入観をミスディレクションとして投入しているところが秀逸で、自分もこのテがなければおそらくアレかな、なんてかんじでいくつかの展開を予想してはいたのですけど、それらとはずれたところに着地する眞相には完全にノックアウト。
人称と語りに託したこの仕掛けは實は非常にシンプルなものながら、ここに夭折藝術家の獨白を添えることによって、さりげなく人称だけではない、もうひとつの仕掛けを絡めているところも見事で、この讀者の先入観をもとにした、かなり強度の高いミスディレクションが絶妙な効果をあげています。
冒頭の遺書などはやや意味不明ながら、また眞相が明らかになったあとに讀み返すとその眞意が理解出來る構成も巧みで、ジャケ帯に有栖川氏曰く「サスペンス、ホラー、本格ミステリー」の三つの言葉を挙げているのですけど、この仕掛けは本格ミステリ的な要素が強く、倒叙形式でコロシの妄想をたくましくする娘っ子のシーンではサスペンス的な盛り上がりも見せていくものの、それらは物語の中盤をやや過ぎてから。サイコの要素が前面に押し出されているので、ホラー的な雰圍氣はあまり感じませんでしたよ。
學園を舞台にしたものとはいえ、夭折藝術家の虚無っぷりと実験に目覚めるキ印なディテールがかなり恐く、全編に漂うサイコ風味は綾辻風、――というわけで、個人的には有栖川氏というよりは綾辻氏のファンの方が愉しめるような氣がします。
また仕掛けの大技ばかりに目がいってしまいがちですけど、娘っ子が腦内會話でコロシの方法を妄想するシーンでは、探偵の思考を先讀みするかのごとく殺人のプロットを練っていくところなどで、作者の細やかな推理の技巧が発揮されているところも好印象。
それと件の大技が炸裂する後半の部分についても、夭折藝術家の獨白の中にこのような事件の構造であることはしっかりと伏線が張られていたりと、本格ミステリとしてもかなり評価は高いと思うのですが如何でしょう。
とはいえ、事件に大きく絡んでいた人物が結局全員アレというところには何を今さら、という批判があるかとは推察されるものの、個人的にはこの語りの技巧と夭折した天才藝術家の虚無感だけでも大満足。本作ではあまり新しさにはこだわらず、技巧のうまさを堪能すべき作品だと思います。
時に本作が初となる富士見文庫のStyle-Fですが、以下折り込みチラシの文章を引用すると、
20年に亘ってファンタジア文庫、ドラゴンマガジンでいまのライトノベル全盛の時代を築き上げてきた富士見文庫が打ち出す新たなプロジェクト。
それがStyle-Fと銘打つ単行本判型での[新しい物語]の発言です。
これまでのファンタジア、ミステリー文庫読者に未知なる小説世界を提案し、ライトノベルに興味のなかった読者に対しても同じく新鮮でドラマチックな物語を提示します。
ここでしか読めない小説。富士見書房からの新しい小説――読書スタイルの提案。それが富士見スタイル『Style-F』です。絶対の自信を持って送り出す作品群。是非期待してください!
これを讀むと「ライトノベルに興味のなかった読者に対しても同じく新鮮でドラマチックな物語を提示」とあるので、自分のようなライトノベルを讀まないオジサンオバサンも一應讀者として意識はしているのかなア、という氣がするし、また本作の推薦文が有栖川氏、そして同時に刊行された小林めぐみの「魔女を忘れてる」には井上雅彦氏の推薦文をつけているあたりにも、新本格からの中年ミステリファンも視野に入れた賣り方を展開していこうと考えているカモ、と思ったりします。このレーベルには今後も期待、でしょうか。
自分のような中年のミステリファン、それも笠井氏からは本格ミステリに關してはアレコレ言う資格ナシ、と指弾されている(だからそこまでいっていないって)六十年代生まれの本格マニアにも愉しめる逸品だと思います。オススメ、でしょう。