今、「ハサミ男」から初めて、最近に至るまでの殊能将之の作品をイッキ讀みしようとしているんですけど、いやはや、この殊能氏、讀み終わっても語るのに困ってしまう作家さんであります。
何というか、殊能氏の作品って、こうして読者や批評家に語られることを織り込み済みで物語を書いているようなフシがあるんですよねえ。だからこちらの手の内を見透かされているような氣がして、どうにも作品について何かを書こうとすると面はゆくなってしまうのですよ。
何というか、この「ハサミ男」の仕掛けについて少しばかり批判をしようものなら、「だからあ、それを分かっててそう書いているんだってば」とか作者にいわれてしまいそうで。
で、氏の作品について書くのはずっと躊躇っていたんですけど、つい先日、本棚でユリイカの1999年12月號を見つけまして。この號の特集が題して「ミステリ・ルネッサンス」。笠井潔、竹本健治、若竹七海、千街昌之などといった豪華な顏ぶれの執筆陣に加えて、法月綸太郎と奧泉光の対談など、本格ミステリファンにはたまらない内容がテンコ盛りなのです。そのなかのひとつに殊能氏のインタビューがありまして、これを讀んだら何だか最初に書いたようなモヤモヤがふっきれて、よし、ちょっと書いてみるか、と思い立った次第。
このインタビュー、小谷真理というこれまた濃い人が聽き手にまわっていまして、さぞかしディープな話が展開されるのかと思いきや、小谷氏のコ難しい話を、殊能氏ははぐらかしまくっているのです。例えば、小谷氏が自分のフィールドであるジェンダー論を持ち出したくだり。尚、以下文字反転しますけど、反転部分を讀まないと話がチンプンカンプンだと思います。まあその點は御容赦ください。
小谷「普通、犯人と探偵は鏡の裏表みたいに考えられると思うんです。何故探偵が、ある人が犯人だと分かるかというと、犯人と同じ心理が出来るから、要するにとても犯人に近い心理構造を持っているからでしょう。……それが「ハサミ男」では、殺人鬼の方が二つに分かれている。ジェンダー的にも割り振られていて、一般的な探偵と犯人が鏡像になっているのは男しかいない世界で、ジェンダーは同じなんです。ところが「ハサミ男」の犯人兼探偵は、医師と女の子に人格が分かれている。これは「ハサミ男」は実は女だった、というようなジェンダー意識を導入すると出て来た心理構造なのではと思ったんですが。
何かよく分からないけど、凄く高尚でアカデミックなことをいってるんだなあ、というのは頭の惡い自分でもよく分かります。さて、このような問いかけに對して、博識な殊能氏のこと、ここはさぞ衒學的な言葉を駆使して自分の作品についての解説を始めるのかと思いきや、
殊能「そう思われるのは小谷さんがミステりーに詳しくないからで、そういう話はいくらでもあるんですよ。そういったジェンダー・パニック的なことは、批評的に読めばそう言えますが、叙述トリックと呼ばれる分野ではかなりテクニカルに持ち込まれているものなんです。」
「そう思われるのは小谷さんがミステりーに詳しくないから」とバッサリ、です。このあと、氏は「ハサミ男」のアレ系の仕掛けは讀者の半分くらいは途中で分かっているんじゃないかといっています。まあ、かくいう自分も途中で分かってしまった一人なんですけど(だってバイト先の店長の、ハサミ男に對する態度に違和感がありすぎです)、この點に關しては講談社の編集者とも突っ込んで話をしたそうで、
殊能「講談社の編集者は、ミステリーの読みにかけてはプロ中のプロですから、その感覺では、これはもうまるわかりだそうです。それで、どっちなのか聞かれたんですよ。読者全員を騙したいのか、つまり上手くひっかけて、トリックと犯人を出して皆をあっと驚かせたいのか、それとも途中でばれてもいいと思っているのかと、方針を問われたんです。その時に、もうわかっていてもかまわない、半分くらいの読者は分かるだろうと想定している、と答えたんです。」
と答えていますけど、実際のところ本當なのかどうか分かりません。もしかしたら編集者にバレてしまって悔し紛れにこの場では「ミステリーに詳しくない」小谷氏に虚勢を張ってみせただけなのかもしれませんし、このあたりの本心を巧みにはぐらかしてしまう作者の性格はそのまま作品の風格にも表れているような氣がするんですよねえ。
で、本作なのですが、アレ系の作品であることはもう皆さんご存じの通りで、そのような仕掛けよりも、自分は物語の展開と巧みな文章に驚きました。饒舌な文体でありながら物語はうまく整理されていて、このあたり、若い作家とは違うなあ、と思った次第。また獨特のとぼけたようなユーモアが全体に漂っているのもなかなかいい。京極夏彦といい、やはりある程度歳をとった作家というのは、このあたりが違います。というかうまい作家というのは、昨日取り上げた島田莊司もそうで、卓越したユーモアのセンスを持っています。
何だか、インタビュー記事の引用ばかりで誤魔化してしまいましたけど、やはりダメですねえ。どうにもこうして文章を打っている最中も、背後から作者の殊能氏に笑われているような氣がして落ち着きません。作者にクスクスと笑われながらも大眞面目に本作を論じてみる勇氣のあるひと、いませんかねえ。