ジャケ帶に大きく赤文字で記されている「死ぬな。殺すな。とらわれるな。」を忠実に守るD機關のスパイを描いた連作短編集。いずれも策謀を絡めた事件の構図に巧妙な操り劇を堪能出來る逸品で、収録作は、フジヤマゲイシャが大好きなメリケン野郎のスパイ容疑を暴こうとする組織の策謀劇を描いた表題作「ジョーカー・ゲーム」、スパイ容疑のかかった英國紳士の白黒はいかに、という事件が轉じて影の陰謀が明らかにされる「幽霊」、敵にとらわれたスパイの物語から事件の背後に巡らされた謀計が現出する「ロビンソン」、上海を舞台にスパイのあぶり出しを命ぜられた憲兵の視点からその背後に暗躍するD機關の密謀を描いた「魔都」、豪放磊落なスパイの密室死を描いた「XX」の全五編。
いずれも非常に愉しめたのですけども、本格ミステリに登場する狡猾な犯人以上に策謀と操りに秀でた、――というよりも、そもそもそれらを生業とするスパイの物語でありますから、登場人物たちの怪しげな振る舞いの裏の意味が明らかにされても驚きは少なく、寧ろそうした眞相の開示は讀者としても折り込み済みな譯で、そうした舞台において作者が驚きの装置としてこの物語に用意して見せたのが言うなればスパイ行為の背後に隠された「構図」でありまして、本作ではここに魔王と呼ばれる結城中佐をその構図に配することで、物語を重層化しているところが素晴らしい。
「ジョーカー・ゲーム」では、フジヤマゲイシャが大好きというメリケン野郎が憲兵からガサ入れを受けるシーンから始まるのですけど、このメリケン野郎、スパイの容疑が濃厚とはいえ物的な証拠がない。で、件のブツはどこに隠されているのか、……というあたりで見せてくれるのかな、と思っていると、物語はやや意外な方向へと流れていきます。
魔王結城中佐を含めた組織の人間達の異樣さと軍人である主人公のキャラを對蹠することで登場人物たちのコントラストを際だたせること「そのもの」が件のブツの隠し場所の大きな伏線になっているところなど、こうした冒頭の謎に添えられた技巧の細部も素晴らしいのですけども、やはりここでもっとも大きな驚きを見せてくれるのは、こうした憲兵のガサ入れ行為「そのもの」に大きな策謀が隠されていたことが明らかにされるところでしょう。
續く「幽霊」も、基本的な結構は「ジョーカー・ゲーム」と同樣で、こちらではスパイ容疑がかけられた英國紳士の白黒を組織のスパイが判定する、という物語ながら、物証ではクロ、しかし心証ではシロという矛盾する結果からある眞相を導き出すという細部で見せつつ、その後にこれまた背後に巡らされた陰謀が明らかにされていきます。
「ロビンソン」は、敵方にとらえられたスパイがいかにしてこの窮地から脱出するのか、というところも見所の一つながら、やはりここでも魔王結城中佐の暗躍ぶりがキモで、怜悧な主人公のさらに上を行く高度な「讀み」をもって事件を背後から操ろうとする中佐の恐ろしさたるや半端ではありません。
「魔都」は、組織の内部にいるスパイを炙り出すことを命ぜられた憲兵の視点から上海の暗部を描いていくという物語で、ここでもその背後にD機關のスパイが暗躍、事件を操る首謀者かと思わせておいて、意外な眞相が明らかにされていくところは秀逸ながら、「ロビンソン」に比較すると、主人公の頭のキレが數段落ちるゆえ、策謀劇の見せ方という点では前半の作品に比較するとやや拍子抜けという気がしないでもないものの、フツーの本格ミステリ的な事件を、スパイが暗躍する魔都に現出させることで見事なミスディレクションに仕上げているところが秀逸です。
最後の「XX」は、冒頭の「ジョーカー・ゲーム」と対比して讀むことで、そのラストシーンがより印象的に迫ってくる一編でありまして、日本でスパイ行為を働く豪快野郎が不審死を遂げるも、D機關的な見立てによればその自死はあまりに不自然。密室での服毒死に殺人を確信した主人公は調査を開始するのだが、――という話。
ここでも組織の「卒業」の意味合いが最後に見事な反轉を見せるところや、中盤で語られた主人公の逸話が結城中佐の推理の見事な伏線になっているところなど、「氣付き」に着目して事件を眺める視點もまた見事。そして冒頭に述べられたスパイに必要な諸要素のひとつに絡めた眞相開示の後、明らかにされる主人公の決意と、印象的なラストシーン。「ジョーカー・ゲーム」で対比を見せた軍人と組織との違いというテーマをこの幕引きの絵に際だたせたところは深い餘韻を残します。
連作短編ということもあって、一編一編は非常に巧みに仕上げられているものの、策謀劇を舞台にした物語ゆえ、反轉がいずれも折り込み済みというところがあるゆえに、仕掛けが明らかにされてもどうにも物足りなさが残ってしまう気がする、というのは贅澤でしょうか。
結城中佐のシリーズものとして、連城ミステリの長編、――例えば「顔のない肖像画」のように、反轉が數珠つなぎのように繰り返される結構で見せてくれると何だかトンデモなく面白い物語になりそうな気がするんですけど、……という譯で、次は長編を期待してしまうのでありました。
ところで最近では定番となっているジャケ帶に添えられた書店員様の惹句なのですけど、今回もまた素晴らしい文章がいくつか並べられておりまして、個人的にガツン、ときたのは以下の二つ。
すんげ~面白かったです!! まさに徹夜本。『トーキョー・プリズン』も面白かったが、それ以上です。
すっごい面白かったです。小説最高! エンタメ最高! ミステリ最高! スパイ最高! 柳広司最高!!
「面白かった」のリフレインという前者も秀逸ながら、やはり「最高」の連呼という原始的な技法が光る後者の破壞度にはかないません。しかしこれ、フォーマットとして使えるじゃん、と思ったのも恐らく自分だけではない筈で、例えばこるもの大明神だったら、
すっごいつまらなかったです。こるもの最高! クズミス最高! 双子最高! お魚最高! アクアライフ最高! カエルも最高だからついでにビバリウムガイドも最高! こるもの大明神最高!! 最高ッッッ!!!!
なんていうのはボンクラの自分でもさらりと思い浮かぶし、いくつかのキーワードを仕込んで、perlあたりでチョチョイのチョイとプログラムを組めば、惹句自動生成ソフトなんてのを書店員様向けにプレゼン出來るカモ、なんて邪なことを考えてしまいました。
ジャケ帶の惹句にとらわれず、柳ミステリのファンだったら文句なく愉しめる一冊といえるでしょう。