女三人、煉獄逃走。
三十年ぶりに中学時代の友達から交換日記が届いてビックリ、しかし送り主の彼女は既に殺されていて、……という強烈な謎が冒頭に提示されるものの、實際は本格ミステリというよりはそれぞれに問題を抱えたオバさん三人の奮鬪記といった内容です。
勿論、死者から送られてきた交換日記という飛びきりの謎については、最後にキッチリとした眞相が明かされるものの、物語を追いかけている間はそんな謎の存在をスッカリ忘れてしまうほどに、オバさん三人の物語が素晴らしくて引き込まれてしまいましたよ。
タイトルに「ママの」とあるように、基本的には三人のオバさんのうちの一人、娘を抱えた典子の視點を中心に物語が進むものの、個人的にはクミこと久美子の話がツボでした。典子の惱みが反抗期の娘にあるとしたら、久美子の方は旦那。
で、この旦那というのがとびっきりのイヤ男で、所謂外面はいいのに家庭では妻をネチネチと態度や言葉でイジメ拔くというモラルハラスメントを大敢行。そしてこの新津氏による描寫のリアルぶりが半端ではなく、もうどうにかしてくれとこちらが悲鳴を上げたくなるほどの息苦しさを持って迫ってきます。
中盤以降にさりげない不倫ロマンスの可能性も添えて、久美子にささやかな希望を残ーしたところでこちらもようやく一息をつけるものの、オバさんならずともこの旦那に殺意を覺えるのは必定という凄まじさには完全にノックアウト。
新津氏のうまさというのは、登場人物たちの内心をそのまま描くのではなく、彼女たちともう一人の人物との關係に女性の心理を投影してみせるところで、このあたりの描寫が光るのが、オバさん三人組のもう一人、不倫のすえにダメ男の子供を出産して私生兒として育てている明実のところへ、ダメ男の本妻が訪ねてくる場面でしょうか。ここで、本妻が子供を抱かせてくれと無茶なリクエストをしてみせるのですけど、本妻はキ印なんじゃアと明実が樣々な葛藤を見せるところなどにその巧みを感じます。
交換日記をしていた仲良し三人組みの中では、頭もよし運動もよし性格もよしという女性が殺されてしまう、という奈落ぶりと、冴えないオバさん三人の對比が素晴らしく、殺された女性が過去の回想も含めてほとんど顔を出さずに、眞相が明らかにされたあとのエピローグでようやく彼女の言葉が出てくるという構成もうまい。
オバさん三人の話が併行して進められるものの、タイトルにもある通りこれは典子の娘から見た中年女性たちの物語であって、これが最後の謎解きに絡んでくるところも素晴らしいと感じました。
物語の構成そのものに本格ミステリ的な仕掛けは希薄ながら、死者から送られてきた交換日記に関してはこの單純に過ぎるほどの眞相もまた日常の問題を抱えて葛藤している彼女たちの背丈に合っているようにも思えてマル、という譯で、派手さはないものの、考えられた構成とオバさんたちのリアルぶりで一氣讀みさせてしまう逸品です。
これが折原ミステリだったら、三人の中年女性の現在に絡めて登場した人物が最後の最後で怒濤の連關を見せるといった複雜技巧が炸裂するのですけど、本作ではそういった人工的な味つけは極力少なめに、ダメ男たちのアレっぷりとオバさんの奮闘ぶりを對比させた物語ゆえ、冒頭の強烈な謎の解明を期待して讀み進めてしまうとやや呆氣ない眞相に肩すかしを喰らってしまうかもしれません。しかしこの大きな謎は隅に寄せられたまま、中年女性三人のエピソードだけで物語が進む構成ゆえ、そのような讀み方をされる方も少ないのではないかと思います。
讀後の印象は篠田節子の作品に近く、中年女性たちの奮闘と彼女たちの逞しさに比較して、男達のダメなところがオジさんから見たら相當にアレながら、モラハラ男のディテールを効かせまくったイヤっぷりだけでもキワモノマニア的には讀む價値大、といったところでしょうか。
本格ミステリとして見た場合、ツカミの大きな謎が脇に退けられたまま物語が進む構成が些かの捻れを見せているとはいえ、ジャケ帶にも「書き下ろし長編小説」とある通り、本作を本格ミステリとして讀む方はいないでしょう。恐らくは女性をターゲットに据えた作品かと推察されるものの、オジさんの自分でも十分に愉しむことが出來ました。