本作「奇偶」にはジョン・ゲージの「易の音楽」をはじめとしていくつかの曲、バンド名が登場するのですが、その中でもプログレ關連ということで少しばかり書いてみたいと思います。前回の「眩暈を愛して夢を見よ / 小川 勝己 (オマケ)」と同樣、本作とは直接関係のない話なので、興味のない人はスルーしてしまってください。
卷末で触れられている樂曲は、”IT’S LL OVER NOW,BABY BLUE (BOB DYLAN), TUMBLING DICE (M.JAGGER K.RICHARDS), OH LOAD DON’T LET THEM DROP THAT ATOMIC BOMB ON ME (CHARLES MINGUS)なのですが、まあ、ディランもストーンズもプログレにはかぶってこないのでここではバッサリ省きます。
まずニヤリとさせられたのは、「偶」で火渡が夢から覚めたところにかかっていた音樂です。
ポーランドの言葉で歌われる詞の内容は何度も聽き慣れているので、わかっていた。グレツキの《悲哀のシンフォニー》の第二楽章。弦樂器の哀しげな旋律が繰り返され、次第に天国の調べのように純化される。そこでソプラノが荘厳に歌いだす詞の内容は、ナチスの秘密警察に囚われた十八歳の娘が、失意の中で独房の壁に書いた落書きから採られたものだった(p202)。
この「悲哀のシンフォニー」、以前日本でもかなり売れたと記憶しています。本作でも触れられている第二楽章ばかりが話題になりがちなんですけど、第一楽章の冒頭、重々しい弦の音がだんだんと迫ってきてピアノの一閃で歌が始まるところや、歌の叫びが最高潮に達したところで弦樂器の哀しい旋律が滑り込んでくるところなど、そのほかにも聽きどころはたくさんある傑作であります。
しかし自分としてはちょっと長いんですよねえ。第三楽章まで續けて聽く氣にはちょっとなれません。グレツキでこの「悲哀のシンフォニー」と同じ作風であれば、サラ・レオナルドのソプラノとバウアーズ・ブロードベントのオルガンが素晴らしい「O Domina Nostra」の方がいいですかねえ。
「GORECKI / SATIE / MILHAUD / BRYARS」といかにもベタなタイトル通り、EMCニューシリーズからリリースされているこの作品はグレツキ、サティ、ミルハウド、ブライアーズを収録した作品集。
「O Domina Nostra」はこのアルバムの最初を飾る21分強の作品です。これだけでなく、このアルバムに収録されているブライアーズの「The Black River」がまた無類の美しさで、グレツキの樂曲にも決して負けていないんですよ。
泣きの旋律という點でいえば、グレツキ以上に泣かせてくれます。聞こえないくらいに低いオルガンの靜かな調べが終わり、ソプラノがすっと切り込んでくるところなど、何度聽いても背筋がぞくぞくします。これもおすすめ。
しかしプログレということでいえば、やはりクロノス・カルテットの「Already It Is Dusk」でしょうか。
プログレ好きだったら、この刃のごとき攻撃的な旋律にはぐっとくること間違いありません。デイヴィット・ドリューの解説は「曲はまず、カノンによる祈りが、クラスター和声に基づく挿入和声音群によって3回にわたって中断される。」……なんてコ難しい講釈ばかりで、クラシックに明るくない自分にはサッパリなんですけど、こんな解説讀むよりも實際に聽いてみた方が良いでしょう。
最初の、不安を煽るような不協和音の調べに時折切り込んでくる弦の音もいいのですが、クロノスの本領発揮となるのは6分を過ぎたあたりから唐突に始まる狂ったようなアンサンブル。四分ほど續くこれが素晴らしい格好良さなんですよ。
このアルバム、二曲目の「Lerchenmusik」ではピアノとクラリネットも交えて、「Already It Is Dusk」とはまた違った演奏を聴かせてくれます。「悲哀のシンフォニー」とは大きく異なる作風ですが、自分としてはグレツキというとこっちのイメージなんですよねえ。
グレツキのほかにもうひとつ、本作ではさりげなくプログレバンドの名前が挙げられていまして、火渡雅の作となる「猿神の家」の冒頭、火渡が東名高速の下りの厚木インター手前あたりで渋滞に卷き込まれてしまった場面です。
事故渋滞なのかなと思って、道路情報の電光表示板を見ても、そんな情報は表示されていなかった。仕方なく、CDプレイヤーからカーラジオに切り替えて、交通情報を待った。
四人囃子の懷かしく流麗なギター・サウンドと共に伝えられた交通情報は、単に厚木インター付近十五キロの渋滞の事実を伝えただけだった。(p366)。
流石山口雅也というか。日本のバンドということで四人囃子を挙げてくるとは。
四人囃子は、七十四年に「一触即発」でデビューを飾った日本のプログレバンドでして、特にこの「一触即発」と二作目となる「ゴールデン・ピク ニックス」は日本プログレ史上の傑作。
本作では「流麗なギター」と書かれているから、ここで火渡が聽いた曲というのも、恐らくギターとヴォーカルの森園勝敏が在籍していたこの二作のアルバムのいずれかに収録されていた曲に違いありません。
有名なのはフロイドの「狂気」のギターフレーズを髣髴とさせる「一触即発」なのですが、自分としては驚異の作品「泳ぐなネッシー」が収録されている「ゴールデン・ピク ニックス」を推したいですねえ。
「泳ぐなネッシー」は四人囃子の曲の中では一番のお氣に入りでして、森園の囁きっぽい歌聲も最高だし、途中の、效果音を大胆に取り入れた曲構成も完璧。美狂乱とはまた違った日本語の歌詞もあの時代っぽくて良いんですよ。
「一触即発」のような統一感はないのですが(實際、このアルバム以後、森園は脱退してしまう)、色々な曲調が愉しめるという點では四人囃子というバンドの多面性を知ることが出來る傑作です。
アマゾンで調べたら、何か兩アルバムともに手に入るようで。良い時代になったものです。