當に現代の怪奇幻想小説傑作選、平成版「異形の白昼」。
「幻の探偵雜誌」シリーズや「甦る推理雜誌」シリーズと趣を異にして、時代ミステリー、恋愛ミステリー、文芸ミステリーなど、どうにもそそらないネタばかりだった光文社文庫の「名作で読む推理小説史」シリーズですけど、本巻はホラーミステリー傑作選と題して、素晴らしい短篇が揃った當に「買い」の一册です。
収録作は妻を後輩に寢取られた男の怨念を幽靈譚として噂にデッチあげる源氏鶏太の「幽霊になった男」、相撲取りにロックオンされた小市民たちが夜の街を逃げ回る恐怖、筒井康隆「走る取的」、平凡な幸せの家庭に忍び寄る怪異と女の狂氣を描いた田中文雄「さすらい」、能登訛りのネチッこい語りが強烈な幻視を喚起する半村良「雀谷」、ロリコン野郎の忌まわしい過去が古地図によって甦る高橋克彦「緋い記憶」、年下君とのエロ拔き不倫に悶々とする男の、心のダークネスを描いた菊池秀行「墓碑銘」。
事故をきっけかに失踪した兄の行方が寿行センセっぽいオチで見事に決まる宮部みゆき「おたすけぶち」、妻の不倫相手をトンデモ魔術で驅逐した男が人を呪わば穴二つとなる朝松健「追ってくる」、洋ピン蝋人形館ツアーが意想外な展開を見せる井上雅彦「恐怖館主人」、そしてオカルトハンターによる幽霊屋敷の怪異を描いた倉阪鬼一郎の「黒い家」、呪われた落語家の一世一代の落語ショーがグロ滿點の結末を迎える怪作、飯野文彦「襲名」、そして我らが新悪魔主義のヒーロー、平山夢明氏の手になる鬼畜趣味滿點の傑作「他人事」の全十二編。
結構色々なところで讀んだことのある作品が竝んでいるんですけど、「走る取的」はひたすら相撲取りに追いかけられるという「激突」的展開だけで魅せる大傑作で、何度讀んでもその衝撃と笑撃は色褪せることがありません。
小さなバーで飮んでいた小市民が、店の隅っこにいた相撲取りを笑ったばかりに(本當は勘違い)ロックオンされてしまうというお話で、ものもいわず顎と腹を突き出した恰好でひいふういいながら追いかけてくる相撲レスラーの異樣さと恐ろしさはレブリミット。笑いと恐怖は紙一重ともいえる展開に腹を抱えながらも、行き場のない恐怖に背筋を凍らせてしまう一編でこれは名作、でしょう。
「さすらい」は以前とりあげた「甦る「幻影城」〈1〉新人賞傑作選」にも収録されていた一編で、二人の女性の狂氣が入り交じって恐ろしい悪夢を現出させるというオチが効いていて、ミステリ的な謎で讀者を引きよせつつ、狂氣と幻想によって幕引きとなる構成も素晴らしい。
「緋い記憶」も何処かで讀んだ記憶のある一編で、ムッツリのロリコン野郎が女の子の股を広げてペド節を炸裂させるところなど、鬱屈した心の闇とエロスが隱微な味を出している作品です。
友人から見せてもらった古地図を手にして青年時代の記憶を回想する主人公が、少しづつ自らの過去を語り出していくという構成が見事で、老人と住んでいる可愛い少女が好きでタマらないという気持を抱きつつ、体の方は商売女の婀娜っぽい魅力に負けてしまうという男の性をシッカリと描いているところがいい。幕引きは自らの妄想が現出させた異界とも幻想ともつかないあやしの世界へ主人公が歸っていくというもので、いかにも作者らしい美しさを湛えたラストも印象に残ります。
「おたすけぶち」は、その昔崖から車ごと落下した大事故の後行方不明となった兄を持つ妹がその事故現場を訪ねていくのですけど、そこで兄の名前を綴ったハンカチを發見、ハンカチの作り主を訪ねていくと果たしてそれは失踪していた兄だった、……という展開から癒し系っぽいお話に転じるのかと思いきや、ラストは寿行センセっぽい悪魔的な終わり方をするところがちょっと意外。
「追ってくる」は妻の浮気を誹る語り手が、相手の男を殺してやろうと日本各地から人殺しも可能なトンデモ魔術を大募集。インチキの紛い物ばかりがドシドシと送られてくる中、これはというホンモノに出會った男はその手引き書通りに大魔術を敢行、果たして男は期待通りに無慘な死に方をするものの、今度は自分がその魔術で呪われることとなって、……という話。
浮気男が妻とのエッチ寫眞を素人投稿誌に投じたりするというディテールがチープな味を出していて、中盤で作者の獨壇場とばかりに開陳される魔術の蘊蓄とのギャップがまた素晴らしい雰圍氣を出しています。
「襲名」は當に怪作の名前に相應しい作品で、古典落語を演じながら自らの出自と襲名にまつわる奇譚を語り出すという趣向です。肉体の變異を描き乍ら、自らの呪われた謂われが明らかにされていくという展開がいい。そして訪れるカタストロフから物語は一轉、ドタバタめいた脱力劇が理解不能の幕引きとなるB級ぶりも含めて、これまた拍手喝采の作品といえるでしょう。
そして「他人事」はまさにタイトルマンマに、事故で崖に車ごとぶら下がってしまった男と女がトンデモないことになってしまうというお話。助けてくれ、という絶叫に駆けつけてきた男はまさに他人事のようにネチっこい台詞で、瀕死の状態にある男と女をいたぶっていくのですけど、この會話がもう叫び出したくなるほどのイヤ感を釀し出しているところが最高。
悪魔的な問答が進むにつれて明らかにされていく男女の關係、そして男の正体、さらには車の外に放り出された娘の、男の言葉を介して語られる鬼畜的なディテールに到るまで、まさに短篇としての完成度が尋常ではありません。収録作の中、恐怖度という點ではまさに最強にして最兇の一編です。
という譯で捨て作なし、當にキワモノマニア、怪奇幻想小説マニアにはとっては「買い」の一册。因みに作品名をギッシリと竝べて異樣に括弧が多く感じられる解題を書かれているのは、ここ最近ミステリ村に向けて奇怪な毒電波を撒き散らしている某「困ったちゃん」から、年末のランキング祭に參加しなかったが爲に怠慢野郎と誹られてしまった笹川吉晴氏。
作品の選出のすべてを笹川氏が行われたのか今ひとつ判然としないんですけど、個人的にこのセレクトはナイス。當に、筒井康隆が編纂した怪奇小説アンソロジーの傑作「異形の白昼」の平成版ともいえる超弩級の作品がズラリと竝べられた本作、本屋に行けばおそらくはうずたかく積まれた島田御大の「光る鶴」の影に隠れてひっそりと置かれているかと思うんですけど、怪奇幻想小説のマニアであれば手に取る價値はあると思います。おすすめでしょう。