傑作。「1/2の騎士 harujion」が非常に素敵な物語だったので、初野氏の他の作品も讀んでみよう、という譯で本作を手にとってみたのですけど大正解。表紙から売り出し方から何だか非常に地味……なんですけど、青春ミステリでありながら、本格ミステリ的な技法によって社会派的な視点をも交えた極上の人間ドラマを描き出した傑作です。
収録作は、文化祭中止の脅迫状を交えた劇薬盗難事件の背後にやさしい構図を現出させる「結晶泥棒」、禅問答的ルービック・キューブに隠されたある人物の思いが感動を誘う「クロスキューブ」、即興劇を本格ミステリ的などんでん返しの技法によって美しいセラピーへと變幻させる「退出ゲーム」、存在しない色の謎解きから明らかにされるある人物の壮絶な過去と人間の再生を本格ミステリの技巧によって見事に描ききった「エレファンツ・ブレス」の全四編。
いずれも先生に片思いの乙女がボーイとともに謎解きに挑むという青春物語の結構ながら、事件から謎解きによって立ち現れる眞相の構図まで、そのすべてに先鋭的な技法が大量投入されているところが秀逸で、最初を飾る「結晶泥棒」は収録作の中では一番スマートでおとなしい一編ながら、鏤められた伏線が次第に一枚の絵図を描き出す展開は相當にスリリング。
文化祭を中止せよ、という毎年届けられる脅迫状に、劇薬の盗難事件を絡めて物語は進んでいくのですけども、探偵の推理によってそれらの事件の不連續性が明らかにされていくにつれ、周囲で起こっていた出來事がことごとく連關していく結構の美しさ、そして極惡な劇薬盗難事件の眞相が一人の人物の思いへと繙かれた刹那に現出するやさしい人間ドラマと精妙なつくりには思わず溜息が出てしまいます。探偵ボーイや語り手の娘っ子など登場人物の瑞々しい造詣が青春ミステリとしての輪郭を際立たせているのは勿論のこと、個人的には何となく伏線の添え方が泡坂ミステリを彷彿させるところが気に入りました。
つづく「クロスキューブ」からいよいよ先鋭的な本格ミステリの技巧が炸裂していくのですけど、今度は弟の病死をきっかけに楽器をやめてしまった娘っ子を立ち直らせるという青春物語を縦軸に、パズル好きの弟が遺していった謎のキューブに探偵が挑みます。
このキューブというのが、全面を白に塗られた不可解なもので、果たして病死した件の弟はそのパズルの答えを遺さずして天に召されてしまったとのこと。答えがないということは解法も存在しないという譯で、この禅問答的キューブから果たして探偵は正解を導き出すことが出來るのか、――という話。
探偵が明らかにしてみせる「推理」も極上ながら、探偵がその過程で口にする台詞の一言一言が素晴らしい。「弟が求めていることは」という後に傍点で強調される台詞から、探偵が眞相に至るヒントのなかに手がかりを見つけ出し、それに対して「あれは成島家で完結するパズル」であることを喝破してみるところや、さらには最後の最後で、その「成島家で完結するパズル」の謎解きによって明らかにされる弟の遺言がある人物へのより強い思いを描き出す幕引きなど、完璧ともいえる極上の結構で魅せてくれます。
「退出ゲーム」はその技巧の先鋭性にまず注目で、譯ありな出自のボーイを物語の影の主役として、演劇部VS吹奏楽部の即興劇を行うというもので、「退出ゲーム」と題されたこのゲームのルールがキモ。シンプルなルールを元に対決するグループが即興の中で今まさに演じられている物語の設定をつくりだし、それが前提とする舞台そのものを反轉させていくという展開が素晴らしい。
隠されていた設定を明らかにすることで、物語の前提となる舞台をまったく違ったものへと変えてしまうという連城ミステリ的な技法を、即興劇という短時間の中で、なおかつ一定のルールを課した上で行っていくという趣向もいい。やがて観客の笑いを誘っていた即興劇は「探偵」の「操り」によってイッキにある人物に焦点を当てた極上のセラピーへと姿を変えていき、――というスリリングな展開、そしてこれまた感動を喚起する「操り」の着地点、さらにはプロローグと鮮やかな対蹠をなすエピローグの美しさと、総てが完璧ともいえる仕上がりです。
最後の「エレファンツ・ブレス」は、「退出ゲーム」にも感じられた社会派的な風格をさらに推し進めつつも、謎―眞の秘密の隠蔽に「操り」を交えた構図が冴えまくった一編です。左門兄弟の怪しい発明品に端を発する校内事件が、お婆ちゃんを散々困らせたワル爺の半生の謎へと轉じていく展開も素晴らしいのですけども、ここへ「探偵」がある企図を持って「退出ゲーム」でも見せてくれた操りを織り交ぜつつスリリングな推理を見せてくれます。そしてその背後に隠された二重の構図が明らかにされた刹那に現出する悲哀溢れる眞相とそこからの再生を目指すラスト、――まさに本作の最後を飾るふさわしい極上風味溢れる逸品でしょう。
という譯で、現代本格としての完成度の高さと、本格ミステリならではの技法によって描かれる物語の素晴らしさを大いに堪能したのですけども、しかしこの地味なジャケと、今や「この人の推薦文は地雷度高し」と敬遠されがちな有栖川氏の言葉がジャケ帯を飾っているところが一冊の本としてはちょっとアレだったりする譯ですが(苦笑)、角川は「ジョーカー・ゲーム」のジャケ帯を書店員様のコメントから作家のものに変更する金があるのなら、書店員様方に三拝九拝してでも皆様に「小説最高!青春最高!ミステリ最高!吹奏楽最高!ルービック・キューブ最高! 初野晴最高!!」とか「盗撮君のヒッキーから立ち直ったハルタ君の探偵振りをハラハラドキドキしながら読みました。続編希望!」「日溜まりのゴーラウンドのようなスリリング感と面白さ」というようなハジけた惹句を書いていただくべきだと思うのですが如何でしょう。
個人的には今年讀んだ短編集の中でも、柄刀氏の「ペガサスと一角獣薬局」に並ぶ満足感を得られた一冊で、現代本格のマニアに強くオススメしたいと思います。