これは非常に美味しい一冊でした。探偵が手品マニアで、事件のネタにも手品めいた趣向が鏤められているということもあって、何だか妙に泡坂フウであるところも好印象ながら、本作ではやはり、ささやかな物的証拠に絶妙な「気付き」を添えて犯人の心理と思考プロセスを執拗にトレースしていく推理が一番の見所でしょう。
収録作は、ジャグラー野郎の奇妙な死に、被害者の心理と犯人の奸計をクロスさせていく推理がステキな「六つの玉」、二人の爆死事件の「語り」に添えた推理の趣向とモノホン推理の二重仕立ての結構が秀逸な「五つのプレゼント」、このシリーズの極北ともいえる、犯人の思考過程をネチっこく暴き立てていく探偵の推理が素晴らしい「四枚のカード」、不可解な伝言メッセージから犯人が凝らした奸計の裏讀みを行っていく「三通の手紙」、悪戯ズキの爺コロシに、物証の持っている論拠を推理のプロセスで反轉させる技法が面白い「二枚舌の掛軸」、書き下ろしならではの、タイトルにも絡めた泡坂的稚気が見事に決まった「一巻の終わり」の全六編。
「四枚のカード」はどっかで讀んだことがあるなア、……なんてかんじだったのですけど、後で調べてみたら「本格ミステリ08 2008年本格短編ベスト・セレクション」に収録されていたことが判明。本作は、事件の様態や謎の独自性といったものより何より、とにかく推理の見せ方に傾注した風格でありまして、特に犯人が現場に残していったささやかな手掛かりを元に、犯人の心理をその逡巡から決意に至るまで正確にトレースしていく推理が何よりも素晴らしい。
コロシに至るまでの動機などはアッサリ流しつつも、犯行を決意し、決行するなかで残していった犯人の心理的な手掛かりから、犯人の心理の裏の裏まで讀みながら執拗にその心の動きの再現を試みる探偵の推理はもう素晴らしいの一言で、「四枚のカード」は収録作中、そうした風格の良さが最大限に発揮された逸品でしょう。
手品マニアのガイジンさんがちょっとした悪戯心を起こしたばかりに、犯人に奇妙な勘違いをされて殺されてしまうというネタもハジけていて素晴らしいのですけど、中町ミステリでは当たり前のこととして流されるダイイング・メッセージを根本から疑ってかかるのが本シリーズの探偵の素敵なところでありまして、ここに残されていた「手掛かり」に軽い反轉を添えて、犯人の心の綾をさながらその息づかいにいたるまでシツッこくネチっこく追いかけていく推理が秀逸です。犯人が分かったあとは、抒情もヘッタクレもなく妙にアッサリと物語が終わってしまうところに何だかモゾモゾしてしまうのですけど、ある意味、こうした登場人物に対する無常さというのも、「イニラブ」あたりを思い出すにつけ、乾ミステリの風格のひとつといえるのカモしれません。
「六つの玉」は、ヒッチハイカーを拾ったばかりに、車で事故った後に辿り着いた家でコロシが発生する、という話。嵐の山荘というほど大袈裟は趣向はないものの、本編の場合、犯人のみならず被害者の心理にまでネチっこい推理を駆使して、犯人とガイシャの行動を付き合わせながら実際の犯行に至るまでの経緯を炙り出していくところがいい。
「五つのプレゼント」は、昔の事件を探偵が娘っ子に語ってきかせるという「語り」の趣向そのものがひとつの大きな仕掛けになっているところが面白い。恋愛絡みの爆死事件という壮絶なネタながら、事件に添えられたトリックよりも、寧ろ探偵の事件「語り」に残したある心理的な手掛かりから娘っ子がアッサリと犯人を指摘してみせるところが面白いと感じました。もっともこの後にはシッカリとした推理が開陳されるものの、この推理の二重化という稚気がまた娘っ子と探偵というキャラと絶妙な相性を見せているところも好印象。
「三通の手紙」も、犯人のある「試み」に残された心理的手掛かりに「気付き」を添えて、そこから奸計を見破っていくという推理でありまして、トリックそのものはいたってオーソドックスに思いつくものながら、やはりここでもそれを行おうとした犯人の心理をネチっこく再現していく推理が秀逸です。
「二枚舌の掛軸」は、ガイシャの悪戯心が事件の様態をより混沌とさせているところがキモながら、掛け軸に血しぶきというミステリでは定番的な手掛かりを元に華麗なる消去法を披露していく推理の「見せ方」に感心至極。とある条件に合致した人物を一人、またひとりと消去していくのですけど、その最後に見せた「反轉」によって、今まで推理の過程で見えていたあるものが一瞬にしてさかしまなものへと転じてしまうという趣向の見事さ、――消去法という推理の定番的「見せ方」にフックを凝らして、またひとつ、推理の見せ方そのものに新しい方向性を指し示してみせたという点で個人的には「四枚のカード」と並ぶお気に入りです。
「一巻の終わり」は、書き下ろしならではの、タイトルにも絡めた遊び心が炸裂した一編で、こうした稚気から手品的趣味をも含めて泡坂ミステリを想起してしまう譯ですけども、ここでも犯人の心理を読み取りながらのネチっこい推理が大展開。真相が明らかにされてもシラをきる犯人にだめ押しとばかりにとある事実を明示してみせる探偵の一撃と、メタ的な趣向が合致した見事な幕引き、――まさに「一巻の終わり」というタイトルにも合致した遊び心で締めくくる、本作の終わりにふさわしい一編でしょう。
という譯で、いずれも見てくれはフツーっぽいコロシに探偵が推理して解決、という原理主義的骨格を見せる物語ながら、こと推理の見せ方に目を凝らしてみると、やっぱりフツーじゃないところが乾ミステリの真骨頂。「カラット探偵事務所の事件簿 1」みたいに謎の提示に奇妙な脱線と捻れを添えた奇天烈さはないものの、このひねくれぶりはやはり個性的。見てくれはフツーでもヘンテコな現代本格をご所望の方には強くオススメしたいと思います。