以前取り上げた「旧宮殿にて 15世紀末、ミラノ、レオナルドの愉悦」と同樣、マエストロこと、レオナルド・ダ・ヴィンチが探偵役となるミステリ。奧付を見ると、こちらの方が先だったんですねえ。
「旧宮殿にて」は連作短篇を體裁をとっていましたが、こちらは堂々とした長編小説で、事件の方も島田莊司や谺健二を髣髴とさせる大掛かりな仕掛けが用意されています。リリースされた時にまったくマークしていなかった自分が情けない。ジャケ帶には山田正紀の推薦文がついていて、「読者よ、三雲岳斗の華麗な才能に醉え!」ですからねえ。氣がついていてもよさそうなのに。
さて物語の方は當に正統派をゆくミステリの典型で、冒頭の序章、嵐の晩、曰わくありげな沼の館(カーサイ゛イ・バルデ)で、当主が磔になって殺されます。それと同時に、館からの聖遺物である香爐が消失していたことが判明し、その謎解きにマエストロが驅り出される、という展開。
第一章、マエストロの登場場面からして痺れます。光と影に關するイル・モーロとの議論など、「旧宮殿にて」でもお馴染みの二人の哲學めいた問答もあり、これがまた後半、事件の謎解きに絡んでくる構成も見事です。いってみれば、「旧宮殿にて」に収録されていた端正なミステリの構成をそのまま長編に引き延ばしたと思えば良いでしょうか。
かといって物語が冗漫になっているという譯では決してなく、イル・モーロとともに館を訪れたレオナルドが、聖遺物の真僞をを巡って聖職者たちとやりあうところなども非常に小説的だし、ミステリの謎解き以外のところでも十分に愉しませてくれるところが素晴らしい。
文体、構成、一場面一場面の無駄のない、それでいて印象的な文章の巧みさなども含めて、まず本作は物語として格段に優れているのですよ。時代背景なども考えれば、どうしても衒學的な雰囲気で盛り上げて物語を進めたくなるものですが、そのあたり作者は驚くほど禁欲的で、まずは隙のない構成と展開で讀者をぐいぐいと引き込んでいきます。
聖遺物の真僞の鑑定を依頼されたレオナルドがチェチリアの肖像畫を描いているのは何故か、彼が窓の位置に拘泥するのは何故か、などなど讀者の前には全て手掛かりが提示されているのですが、まさかこんな大技を仕掛けてくるとはまったく予想が出來ませんでしたよ。「旧宮殿」の、どちらかというと、日常の謎系ばかりかと思いきや、作者にこういう大掛かりなトリックを思いつく資質があったとは驚きです。
更には事件の夜と、その後に回廊に現れた天使の正体や、昔この館に攻め入ろうとした傭兵がことごとく死んだのは何故かなど、事件の眞相に近づく手掛かりであると同時に物語を牽引する謎かけにもなっている伏線の張り方もこれまた見事。
更に犯人の境遇を、本作で重要な役所となっている人物たちと照らし合わせて、物語の餘韻に繋げているところなど、語られたものはすべて回収してしまおうとこの心意氣はもう何というか。當に本格ミステリのお手本のような隙のない傑作といっていいのではないでしょうか。
強いて欠点を挙げるとすれば、纏まり過ぎ、ということでしょうか。自分などは時として過剩なものを求めてしまうのですが、本作にはそれがありません。上手すぎる、というか。そのあたりが不滿といえば不滿なんですけど、これは贅澤ってもんですよねえ。
自分は「旧宮殿にて」から讀み始めた譯ですが、勿論リリース順に讀んでも問題ありません。というか、二つの作品はそれぞれ独立しているし、いずれにも主要な登場人物の説明がしっかりとなされているので、どちらから讀み初めてもいいと思います。
「旧宮殿にて」が氣に入った方は本作もきっと愉しめると思います。おすすめ。