第4回『幽』怪談文学賞短編部門大賞受賞作。ジャケ帯の惹句が「泣ける怪談」に「ジェントル・ゴースト・ストーリー」とくれば、死んだアノ人が幽霊になって私の前に現れて心も癒され何となくハッピーエンド、かな、――みたいな話をイメージしてしまうものの、確かに定番な話の結構をとりながらも、非常に多彩な作風の物語を取りそろえた一冊で堪能しました。
収録作は、昭和テイスト溢れる不倫行の果てに癒しの優霊物語が読むものの心を打つ佳作「友造の里帰り」。イヤ女の民宿で起こる顛末の背景に隠された意想外な超常者の正体とは「富士子」、腹黒の異人さんとイヤ女組との超常対決が痛快な「浜沈丁」、お偉いさんが食することになった幻の魚曰くを様々な逸話も添えてユーモア風に調理してみせた「あまびえ」、切迫感溢れるダメ男の逃避行の行く末に禁じ手をブチ込んだ「雪の虹」、ダメ男の元カレと誠実ボーイである今カレとの間に揺れる女心が怪異を引き寄せる「恋骸」の全六篇。
収録作全体にそこはかとなく漂う昭和テイスト、――何だか地方のボロっちい旅館に据え付けられたカップヌードルやホットドックの自動販売機のようなというか、そんなかんじの鄙びた雰囲気が自分のようなロートルにはタマらないものがあったりするのですが、「友造の里帰り」で描かれる不倫旅行の顛末やディテール、さらには主人公の頭ン中はマンマ昭和。おおよそ不倫という言葉にイメージされる懐かし風味と、主人公のオッサンが受けるリアルとのギャップにニヤニヤしていると、ふいにある怪異がさりげなく描かれるのですが、ここから島への里帰りの曰くと過去が交差する後半の展開は、まさに「泣ける怪談」という言葉がふさわしい。
「富士子」は、そもそも主人公がイヤキャラのオバはんであるところがナイスな一篇で、ヒョンなことから島で民宿を始めるものの、幸せな日常生活にどうにも違和感が拭えない。果たしてそこにはある怪異が絡んでいて、……というお話ながら、怪談として描かれるこの怪異の様態は完全にSF。本作が秀逸なのは、このSF的な能力を「持っている」側からではなく、被害者ともいえる「受ける」側から描いているところで、この能力を裏から活写した結構によって、イヤキャラの主人公の強さが際立つ幕引きへとさらりと流れていく展開が引き立っています。
裏表を返してこの能力を持っている側から描いたとしたら、半村SFのような風格になったのでは、とイメージさせるほどに人物描写が素敵なところも含めて、続く「浜沈丁」とセットでお気に入りの一篇です。
で、件の能力をさらに活かして、敵方を配したのが続く「浜沈丁」で、イヤキャラのオバはんがやっている民宿にある日、フラリとガイジンさんがやってきて、近くにリゾートブチあげるからよろしくと一言。しかしどうやらそのガイジンさんもまた件の能力を持ち合わせているらしく、……という話。市井の人の超能力といったネタでさらに敵方を配した展開は盤石で、お楽しみの対決シーンもシッカリと用意されているのですけれども、ここでも件の能力を有している人物ではなく、いうなればそれを「受ける」側であるオバはんが邪悪なパワーを発揮するところが痛快です。
さらりと登場人物の内心を描いてしまう匠の技があるからこそ、この超常能力が物語の中でシッカリと活きているのが先の二篇だとすると、この匠の技をサスペンスの方向に振り切ってその力を遺憾なく発揮してみせたのが「雪の虹」で、夜逃げをこころみるダメ男が度重なる計算違いの結果、どんどん追い詰められていく展開が、これまた淡泊な文体によって描かれていきます。この淡泊ぶりに相反して行間からたちのぼる切迫感は半端ない。やがて追い詰められるようにして物語はある禁じ手を用いて幕となるのですれど、ただ、この禁じ手ゆえに個人的には読後感はやや微妙、……でしょうか。
「富士子」に見られたユーモアの才は、「あまびえ」にも際だってい、ここではあるオブセッションにとらわれたお偉いさんの描写がキモ。中国では有名なとある残酷魚料理のことが語られるなどディテールも盤石で、最後のブラックな怖さへと流れていくところも計算済み。軽さと怖さのバランスが取れた佳作でこれもなかなかのお気に入り。
「恋骸」も定番的な結構をトレースした一篇なのですが、ここでも淡泊にして端正な文体でイッキにさらりと読ませてしまう業師ぶりを発揮。とある女の、恋人に向けた手紙の中で語られる元カレのダメっぷり、……というか、業が島と結びつき、最後の怪異へと昇華されるのですが、最後の一文でソイツが爽やかに「笑う」のではなく「嗤う」とあるところが何だか邪悪。「ジェントル」っぽく仕上がっているものの、個人的にはこの最後の一文でべったりとした読後感を残してあるところが印象に残りました。
全編、手堅く仕上げられた一冊で、個人的にはアンマリ怖くもなかったし、正直、「泣ける怪談」という惹句はチと違うような気がしないでもないでもない、……のですけれど、「幽」怪談文学賞受賞作という意味では多くの読者が安心して愉しむことができるのではないでしょうか。もう少しトンがった部分があればとチと物足りなさを感じつつも、作者の持っている、行間からムンムンと立ち上る枯れた昭和テイストも心地よく、怪談ジャンキーみたいな若者よりは、自分のようなロートルの方が堪能できるのではないでしょうか。