大宇宙で起こった地味すぎる殺人事件。
タイトルが「円環」に「孤独」ですから、すわボルヘスやマルケスのようなマジックレアリズムの手法を驅使した幻想ミステリかと思いきや、實際の内容は、宇宙空間という大舞台にはあまりに地味すぎる殺人事件を扱った小粒なミステリでありました。
ジャケ帯には「意外な犯人と驚愕のロジック」とありますが、自分の感覚では驚愕というよりは非常に端正な論理で、ミステリとしての筋はいいんですよ。しかし舞台を宇宙空間に据えた意味が今ひとつよく分かりません、というか、これ、現実世界を舞台にして過去の犯罪と結びつけて書いた方が、端正な本格ものとして普通に評價されたのではないでしょうかねえ。
また作者に責任は全くないものの、二階堂氏の「聖域の殺戮」と同時リリースというのもイタい。どちらもミステリとして見た場合非常に優れているのに、ヘタに舞台をSF的なものに据えてしまったが故に妙なことになってしまっているというのが何ともですよ。
特に本作の場合、「ガオルウワアッッッッ!」もドスドスもブスブスもないので(詳細は「聖域の殺戮」を參照のこと)、普通に正統なミステリとしても十分にいける筈なのに「聖域」を讀了したあとすぐさま本作に取りかかってしまった為、日本人の探偵が眞面目に探偵役を演じているのに、どっかから虎女が「殺すわよ!ガルルゥ!」とか飛び出してくるんじゃないかと奇妙な感覚に襲われっぱなしでありました。
舞台は大富豪の所有する宇宙ホテル。物語は名探偵が密室状況で殺害されるところから始まります。そして今回宇宙ホテルに招待された客は三年前、時間旅行に參加したメンバーと同じ、どうやら名探偵が殺されたのはこの時間旅行中に発生した殺人事件に關係しているらしいのだが、……という話。
ちょっといただけないのは物語の構成で、二頁目ですぐさま殺人事件が発生するというテンポの良さはいいものの、そのあと、三年前の時間旅行での事件を讀者に開陳する手際が悪いような氣がします。登場人物の一人にこの時間旅行での出來事を延々と語らせるのですが、これがちょっと長すぎますよ。
過去へと遡った時にこれまた參加者の一人が密室状態で殺されてしまうのですが、彼らはことを荒立てるのを嫌って、死體を未來へと持ち歸ります。また彼らが旅行をしたこの過去の時代には稀代の毒殺魔が世間を騷がせていたということもあって、密室殺人事件とこの毒殺魔との關連も大きな謎として讀者の前に提示される。
そのほか、ニーチェをさりげなく引用して、哲學趣味を添えつつ、髑髏の消失と出没という謎で怪奇風味を煽ります。しかしこれもあくまで添え物程度で、物語の全體に大きく関わってこないところがちょっと勿体ない。
こんなかんじで構成はあまりいただけないのですが、その反面、ミステリとしての筋の良さが窺えるのが後半に展開される密室の謎解きで、いくつかの可能性を呈示しながらそれを否定していくという推理が綺麗に決まっています。ただこの密室とトリックに關していえば、果たしてこの宇宙ホテルというSF的舞台が必要だったかというと甚だ疑問ですねえ。
上にも書いたように寧ろ現実世界で同じトリックを使った方が、過去の事件の怪奇風味も交えて物語を統一した風格にまとめ上げることが出來たのではないかなあと思ってしまうのでありました。
前半は過去の事件を語るところなども含めて若干もたついていたのですけど、後半に入ると樣々な事実が明かされて、探偵役である日本人刑事の過去が第二の殺人に絡んできたりと、なかなか面白い展開になってきます。そして最後に披露される端正なロジックも筋はいい、という譯で個人的には悪くないと思うんですけど、とにかく地味過ぎるんですよねえ。
怪奇性ということでいえば、島田荘司や谺健二には遠く及ばないし、近未來を舞台にした二十一世紀本格という視点から見ても、柄刀一のような路線からは大きく外れていてと、すべてににおいて個性がなく、無難なところに留まってしまっているところが殘念ですよ。
という譯で、作者には次作で普通のミステリを書いてもらいたいところです。今回SF的な趣向にふった精力を怪奇趣味に振ってくれればかなり面白い小説が書けそうな氣がします。繰り返しますがミステリの筋は悪くないです。なので思いっきり現実にふってその端正なロジックだけで勝負するのもいいのではないかな、と。大山誠一郎みたいな雰囲気で本格好きの讀者からも評價出來るような作品を書ける人だと思うので。
何だか非常に無難な書き方になってしまうんですけど、まあ、そんなところです。本作についてはちょっと他の人の評價を待ってみたいと思いますよ。
という譯で、今月リリースされた講談社ノベルズの人柱シリーズはこれにて終了。すべてに人柱としての時間をさくのは流石にアレなんで、殘る「消えた探偵」については他の方のレビューを期待していますよ。