これは大当たり。正に草野センセならではの、サイコとキ印にエロとグロをテンコモリにしたキワモノミステリの傑作集で、ちょっとふしぎフレーバーを凝らした風格はこのマンマ出版芸術社の「ふしぎ文学館」のシリーズに収録されていてもおかしくないような素晴らしさで、大いに堪能しました。
収録作は、ルームメイトのネクラ君がある日突然、豪放磊落な色男に豹変、二重人格者となった男がしでかしたトンデモ事件の眞相とは「未知の犯罪領域」、交換手娘が間違い電話をかけてきた年下ボーイにホの字のなった暁の受難「天使は夜、訪れる」、うだつのあがらないオッサンと透明人間との奇妙な關係がやがてカタストロフを引き起こす「透明願望」。
不倫相手のメス豚を完全犯罪によって殺そうとする男の物語に草野センセならではのエロとグロとキ印を絶妙にブレンドしたキワモノミステリの傑作「溶解」、箱の中から出てきた犬の死体が隠微な犯罪構図を明らかにする「水の音」、失踪妻に隠されたコトの眞相にサスペンスをイッパイに凝らした「見知らぬ妻」、ヒステリー妻のコロシに倒叙ものの結構でスマートなドンデン返しを見せてくれる「死者の告白」の全七編。
表題作の「未知の犯罪領域」は二重人格者を扱ったサイコサスペンスの佳作で、金持ち御曹司でもあるネクラ男の脳内に降臨したもう一つの人格が女好きでレイプもコロシもお構いなし、という性格破綻者だったところから、男のルームメイトであった語り手の受難が始まります。やがてもう一つの人格は一家皆殺しという大犯罪をしでかしてしまうのだが、――という話。面白いのは、ここに法律を軽く絡めて、男の無罪と遺産がどう転ぶのかというあたりを後半に描きつつ、最後には含みを持たせたラストで締めくくります。
表題作では、いったい眞相はどうだったのか、という宙吊りのラストがサイコものの定番として非常にうまく決まっていたのですが、これとは逆にミステリとして見事などんでん返しで魅せてくれるのが、「見知らぬ妻」。こちらは行方不明人捜索のテレビ番組に出演した男を中心に物語を転がしていくお話で、妻が失踪してから男の社内での評判は急上昇、それに嫉妬した男と恋人の視点も添えつつ、失踪事件よりも、旦那である男が妻の失踪をネタにして社内での自身の評価を画策しているのではないかという深讀みをひとつとの謎として表に見せている結構が秀逸です。やがて妻は発見されるものの、これで話がハイオシマイ、となる筈はなく、隠されていた奸計がある人物によって解かれていく終盤の展開が面白い。
「天使は夜、訪れる」は、前半に交換手の娘の視点から物語を進めつつ、中盤以降はそうした前半の甘い展開をひっくり返すように非情な犯罪を描いていくというコントラストがいい。「お姉さま! ぼくの、死んだお姉さま!」とかいって抱きついてくる美少年ボーイに「敬ちゃん! あたしのかわいい弟!」とそれに応じる娘がまさかこんなふうになってしまうとは、という無常悲哀溢れるオチは収録作中では一番心に響きました。
「透明願望」は井上夢人氏の「あくむ」に収録されていたネタなどを彷彿とさせるSFかサイコか、というネタで見せてくれる一編で、目立たないリーマン親父がある日、透明人間と出会って、――というSFネタが期待通りのカタストロフへと流れていくのですけど、後半はそうしたSF風味がサイコへと轉換される結構もいい。
「溶解」は収録作中、もっともキている一編で、白豚女のアレっぷりや、完全犯罪が思わぬ失敗でご破算となる展開、さらには草野センセならでは発狂した野郎の人間描写など、草野ミステリならではのキワモノ風味が存分に堪能出來る傑作です。
美人な奥さんがいるのに不倫へと走ってしまう主人公がその後、受難となるのは当然とはいえ、その不倫相手がその容貌から何から、フツーの男であればマッタク受け付けることの出來ない白豚女だというところが、冒頭の「浮気というものは、必ずしも自分の妻にあきたらなくなっている男が起こすものとは限らない」という一文に説得力を持たせているところがまずナイス。
そしてその豚女のイヤっぽいディテールを凝らした描写も秀逸で、
初めのうちは肥満した肉体とひき締まった局部に新鮮さを感じていたものの、いまはもう完全に愛想が尽きていた。それに歯をみがかせてもガムを噛ませても、いやな口臭が消えない。その口でむさぼりつくようにキスを求めてくる。アクメに達すると獣のように唸りながら突き上げてくる。それが栗原に、動物的な生臭さを感じさせる。
第一インスピレーションの「白豚」は、やっぱり当たっていたのだ。口には出さないが、見るのもいやなところまできていた。ただ、強制されて仕方なく関係を続けていたのだ。
この豚女に奥さんと別れてアタイと結婚してぇと迫られたものだから、男は彼女を完全犯罪によって殺してやろうともくろみます。そこで考えたのが「死体を完全に消す」という方法で、男はある試みを行うのだが、――。
女を絞め殺すシーンも、上に引用したような白豚の最期としてはまた素晴らしすぎるもので、草野節が炸裂する文章ゆえこちらもまたまた引用するとこんなかんじ。
栗原はかまわずぐいぐいとゆさぶるようにして力を入れながら、次第に浅江の体を押し倒していった。土間に押し倒したとき、ぐうっと妙な音を立てて浅江の喉が鳴った。と同時に全身が反り返ると、ぶわっ! といやな音がした。これは喉ではなく下の方だ。失禁したのである。臭気が襲ってきた。
で、こうした完全犯罪も些細な失敗によって全てご破算となってしまうというブラックな幕引きも期待通りながら、ここでもやはり素晴らしいのは、そうしたフツーの小説に求める期待以上のものを描いてしまう草野センセのキワモノ作家としてサービス精神で、最期には「イッヒヒヒ……」と男が発狂してジ・エンド。
そのほか普通のミステリとしてもその構成が秀逸な「水の音」や「死者の告白」なども収録されている本作、キワモノから本格の技巧まで草野ミステリが持っている魅力をイッパイに堪能できる一冊ともいえ、先に述べた「罠」同様、強くオススメしたいと思います。