大袈裟なトリックやキワモノ風味こそないものの、ベタベタなトラベル・ミステリーっぽいタイトルとは裏腹に細やかな技巧の連關が光る作品で、なかなか愉しめました。
キワモノ風味がないといっても、水商売の女が娘と一緒に海岸を水遊びを愉しんでいたら、上から落ちてきた酒壜が娘の脳天を直撃してご臨終、――という何ともな物語の始まり方はやはり草野センセ。序盤から好スタートを見せて、この後、件の壜を捨てた野郎が実刑喰らって刑務所から出てきた後、不可解な死に方をしてしまいます。しかしコトはそれだけでは収まらず、件の男と一緒にタクシーに乗っていた女も殺されかけて……。
どうやら件の脳天直撃で死んだ娘の事故死にはとある大人の事情が絡んでいて、娘の母親が復讐を行っているらしい、というあたりをにおわせつつ、母親コロシを依頼された探偵が女を訪ねていくのだが、――という話。
ム所から出てきた男の死と女の殺人未遂という二つの事件で、母親のアリバイを探っていったり、ビデオ撮影のときに偶然写り込んでいた女の正体を突き止めたりというフウに主人公である探偵の活躍も見物ながら、ここに草野センセらしいちょっとしたエロスのスパイスも添えてみせた風格がその実、ミステリとしての仕掛けに絡んでいるところなど、その細やかな技巧の連關が秀逸です。
本作の基本的な仕掛けは現代本格では一つのテーマとして取り上げられているアレながら、本作の優れているところは、その仕掛けの下地として登場人物の連關に巧みな誤導を凝らしてあるところでありまして、安吾の長編みたいなあからさまさこそないものの、この誤導を見破りつつその連關に辿りつけないと、まず第一の真相を喝破できないという結構は見事です。
本作では、この隠蔽された連關に絡めて、犯人がもっていた「ある動機」が最後の最後まで明かされず、それによって事件の状況から見事にその構図を喝破して見せた探偵役の主人公もついに告発を断念するという幕引きを添えています。
一つのコロシにトリックを添えるというガチガチの本格ミステリの風格からは離れて、表に見える事件の構図によって裏の構図を隠蔽する技巧や、そこに現代本格では定番のテーマを重ねてみせるところなど、派手さこそないとはいえ、その精妙な作り込みには關心至極。
角川文庫から出ている短編集みたいに、キワモノでお腹イッパイというわけにはいきませんが、コロシにトリックを添えて一丁上がりという単純さを敢えて避け、構図の見せ方にこだわった本作は現代本格的な讀みにも耐えられる佳作だと思います。