下卷を一緒に買わなかったのを激しく後悔、上卷を讀了したいま、續きが早く讀みたくて仕方がありません。ここ最近は篠田氏の小説から遠ざかっていたのですけど、濃密な宗教ネタを主題に据えた物語だと知って、これは「ゴサインタン」「弥勒」系の壮絶な作品では、と期待して手にとってみた次第です。
宗教ネタといっても本作、上巻を讀んだ限りでは超常現象や怪異といったものとも無縁、ただひたすら俗世の闇をのたうち回るダメ人間たちをシツこいくらいに活写するという風格ゆえ、重量級ではあるものの、その讀み口はやや輕めかな、というフウにも感じられます。とはいえ、登場人物たちのエピソードを重ねていくその手際とボリュームは壓卷で、そうした讀み口の輕さに比較して、内容そのものはかなり重い。
物語は、ベストセラーを出してウハウハになりましょう、というウマい話に騙された公務員と、そのウマい話を持ちかけたジゴロ崩れのダメ編集者の二人が宗教をビジネスとして立ち上げるのだが、――という話。最初はネットにサイトをでっちあげてチンマリとやっていたところ、次第に信者が増えていき、一企業の支援も受けるようになって、……というおいしい展開の間に、問題信者の暴走がおかしさと悲哀を込めて描かれていきます。
何よりも秀逸なのは、これだけアクの強いダメ人間を登場人物に配しながら、その一人一人にシッカリと目を配りつつ、それでもいたずらに一人へと傾くことなく、あくまで元公務員の教祖の價値觀を視點の中心に据えながら決してブレないというその結構でありまして、このあたりのフラットな描写と結構は「夏の災厄」ほど徹底されてはいないとはいえ、寧ろそうした緩さが要所要所で個々人のエピソードを際だたせているところも素晴らしい。
哀しさという点では、イジメられっ子で密教に入れ込んだダメボーイがピカ一で、彼に對してだけは教祖としてではなく、一人の男として相対する主人公、桐生の振る舞いがいい。
一方、教団運営を桐生とともに担う矢口の俗物にして人情ものっぽいキャラも素敵で、当初は宗教でウハウハという經營方針をブチあげながらも、そうした採算を度外視して信者の苦しみに對して眞剣に耳を傾けようとする人間臭さが非常にうまく描かれています。
そしてこんなふうに決してワルになりきれない二人のお人好しぶりにつけ込もうとする鬼畜野郎もシッカリと配置されていて、その中では後半に出てくる大教団の首領が凄い。恐らくはコイツが後半にこの教団を奈落の底へと堕としていく中心人物になろうかと推察されるものの、これほどの大物でなくとも、元芥川賞作家にしてゲス野郎のペテン師ぶりなど、ハタから見ていれば相当に笑えるものの、教祖である主人公からしてみれば完全に噴飯もの。
ダメ男を書かせたら天下一品、という篠田氏の筆致に容赦はなく、マトモそうな男といえば教団のパトロンとなる社長の息子くらいしか思い浮かばないという激しさは相当なもの、――「ゴサインタン」や「弥勒」のように最後はこうしたダメ男たちに救いの光明がもたらされることを願ってしまうものの、どうにも下卷のあらすじをざっと讀んだ限りでは、この後、かなり鬱な展開になりそうなゆえ、果たしてどのようなところに着地するのか気が気ではありません。せめてお人好しの教祖桐生と矢口だけは最後の最後は救われるような結末を、と期待してしまうのではありました。