笑うしかない怪作、再び。
まずジャケからして相当にエロい妄想を喚起するデザインで、サブラだかサイゾーだかの広告で何だかこれと似たようなAVの広告を最近見たような気がするんですけど、そんなジャケの怪しさとはまた違った意味で、かなりヤバい逸品でありまして、キワモノマニアだったらまず絶対に買って損はなし、という悪魔主義と暗黒テイストが一杯の傑作です。
物語は何やら意味深な「遺書」から始まり、少女二人の語りを交互に進めていくことで、それぞれ二つのパートがどのように繋がっていくのか、――というあたりが、仕掛けを眼目とするミステリとしての見所ではあったりするのですけど、そうした仕掛けを忘れてしまうほどに、まずもって登場人物たちの造詣がステキ過ぎます。
最初の方から、「告白」のウェルテル以上の馬鹿野郎にして負け組ワナビーの教師が登場したり、物指しを武器に家族全員を不幸に突き落とすボケ老人の婆、宗教婆など、一般的な正義や道徳を斜めに構えて嘲笑してみせる作者のキワモノ的な視座は一点も搖るぎなく、このあたりは處女作「告白」からまったくブレていません。
ちなみに折り込みの中には湊女史の手になる「『少女』の読みどころ」という文章が添えられておりまして、女史曰く本作は「「死をめぐる物語」と「二人の友情物語」が絡んで展開する」とある通りに、人が死ぬところが見たーいという女子高生がボランティアに勤しんだり、重病の子供の最後になるカモしれない我が儘を叶えてあげるために奔走したりする過程が描かれていきます。
確かに女子高生は相当にイマっぽい雰囲気を無理矢理に釀しだしているところはあるものの、少女二人の思いに通底しているのはお互いの気持ちをはかりすぎるがゆえのすれ違い。それが事件をきっかけに美しい「友情物語」として昇華される結末が秀逸で、このあたりの風格はとにかく癒されたくて癒されたくてタマらなというスイーツ娘にもアピール出来ると思うし、今回は書店員様の手になる「涙が溢れ過ぎて部屋の中は洪水状態」とか「感動ドラッグに我を忘れて噎び泣け! 湊かなえは現代の黒マリア様」みたいなスイーツ女をイチコロにしてしまうようなナイスな惹句がジャケ帶に添えられていないのが不思議なくらい、感動物語としても素晴らしい強度を持っているところはチと意外、……というか、こうした感動の大團円で幕として一編の物語に纏めることもアリなのに、そこを敢えてフツーに終わらせないのが湊女史。最後の最後、後日談的に語られる「終章」で女史の悪魔主義が炸裂します。
「告白」の裏テーマでもあった(?)「因果應報」が火を噴いてある人が奈落へ落ちるとともに、「遺書」を冒頭に掲げて「終章」で完結する本作の結構に、ある仕掛けが隠されていたことが明らかにされるところにも大滿足。
「友情物語」とかスイーツにアピール出来る言葉を鏤めながらも、女史本人が「読みどころ」の中で自己ツッコミを入れている通り、「それはやりすぎだろ、いいすぎだろと問いかけながら書きました」という少女のモノローグは本作の最大の見所でもあります。例えば、少女の一人が介護ボランティアに参加するのですけど、そこで仕切り役の婆が彼女を老人たちに紹介するシーンで、婆の台詞とともに一人語りのツッコミを入れるところはこんなかんじ。
「おはようございまーす! 気分はいかがですか? 元気になるピックニュースです! 今日から二週間、ここにいるぴちぴちギャルがお手伝いをしてくれることになりました。草野敦子ちゃんです。どうぞ、よろしくぅ」
何か憑依したの?
陽気で元気で大げさな口調。コマーシャルで見る、はっぴを着た家電量販店の店員みたいな感じ。突然の様変わりに、ホントにびっくりしたのに、おじいさんたちは別に驚いた樣子もなく、あたしを見て「べっぴんさんがやってきた」って言いながら、嬉しそうに拍手をしてくれた。
あるいは宗教婆から、子供たちを前にいきなり即興でサム過ぎる人形劇をやらされることになった少女のぼやきにいたっては、
こうなるのならどうして、打ち合わせの時にひと言いってくれなかったのだろう。バザーやサタンの話よりも、まずはこれについてきちんと説明するべきではなかったのか。思いつきで、そのとき自分の話したいことだけを話す。だから、おばさんはイヤなのだ。
こんなかんじで作者がツッコミを入れて書き上げたであろう文章を味読しながら讀者もまた同じように登場人物たちにツッコミをトレースしていくという讀み方がまた愉しい。
ミステリの技巧としては、やはり少女二人の視點から描かれるシーンの中に伏線を巧みに鏤めつつ、それを最後にある事件への発生へと繋げていく手際が見事です。その伏線に推理・論理を重ねていないとはいえ、物語を進めていく過程で次第にそれらを回収していくともとに、登場人物たちの連關を大きな構図へと織り上げていく技巧は「告白」にも見られたところでもあり、こうした伏線を驅使した物語の構築が湊ミステリの大きな魅力でもあるような気がします。
仕掛けという点では「終章」の最後の最後で明らかにされるある名前にハッとしながら再び頁を戻りつつ、ああ、アレがアレだったのか、やはり湊女史の小説テーマは「因果應報、地獄に堕ちろ!」なんだな、とニヤニヤしてしまった次第です。この最後の名前を思い出せない方のために一応、その頁数を示しておくと206頁になります。
しかしこの悪魔主義的な最後のオチは、「告白」での秀才バカの奈落にも通じるものがあるゆえ、湊女史はもしかしたらエリートに何か黒い思いがあったりするのかな、とか、「告白」のウェルテルしかり、今回のワナビー崩れのバカ教師しかり、教師というものに対しても何か黒い思いが、……とかそのキワモノマニアの琴線をビンビンに刺激するキャラ造詣の素晴らしさには拍手喝采、次作もまたこの路線で爆走してほしいと思います。
貪欲に癒しを求めてやまないスイーツ女からキワモノマニアまでを大滿足させてくれる風格の本作、「友情の物語」としても、また「癒しの時代」に突如現れた超絶悪魔主義の逸品としても大いに愉しめる傑作といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。