傑作。講談社のサイトに曰く「詰め込みすぎ!」「最後のどんでん返しまで、目が離せないジェットコースター新感覚ミステリー」。確かにこれでもかッというくらいに謎解きによって開陳される構図がひっくり返るという結構は完全に「詰め込みすぎ」。しかし本作の場合、そうした著しくバランスを欠いた過剰さがすべて良い方向に転んでいるという逸品で、大いに堪能しました。
前作の「十三回忌」も幻想的な謎の大博覧会といった趣で、矢継ぎ早に繰り出される御大直系のトンデモ万華鏡の背後に大胆な騙しの仕掛けが隠されているという逸品でありましたが、本作でもノッケから木乃伊が出るわ消えるわ、壁は揺れるや卒塔婆は燃えるわ雹は降るわと、一つ二つのコロシに添えられた幻想的な謎だけでもう完全にお腹イッパイ。
物語は、捨て子の過去を持つ娘っ子から、自分の生家を見つけてほしいという依頼を受けた探偵コンビが、奇妙な手記に書かれた事柄をもとにその屋敷を探し当てるや、またまた常軌を逸した不可能犯罪が発生して、――という話。
前半の家捜しからして作者の気合いは完全にレブリミットで、「十三回忌」を彷彿とさせる寿行ネタをはじめ、犯人の奸計から切り離したところで怪異の正体を推理してみせるスタイルは御大直系、というか下手をするとそのやり過ぎぶりから御大を超えちゃったんじゃないノ、と感じてしまうほどの素晴らしさ。
結局この手記に書かれた怪異だってすべてはキ印男の妄想だろ、といったんは一蹴しておいて、探偵の精緻な検証作業からすべては事実であったことが明らかにされるという定番の見せ方も期待通り。正直この家探しの謎解きだけでも長編一冊は余裕で組めるというネタなのに、それを前半、――まだ三分の一にもさしかかっていないのに早々にその真相を開陳してみせるという「詰め込み過ぎ」の結構に痺れます。
家を探し当てたあと、手記に書かれていた通りのブツを発見して、ここからどういう展開になるのかと思っていると、見つけたブツが消失するや、超絶アリバイに絡めた不可能犯罪をも呈示して、過去と現在を往還しながら解かれるべき謎が雪だるま式に膨らんでいくというやりすぎぶり。
本作の優れているところは、こうしたネタの大量投入だけで読者を惹きつけるのみならず、謎解きの過程で様々などんでん返しを見せつけながら、それが多重解決のインフレ状態に陥いることなく、非常に洗練された着地点を構築しているところでしょう。
中盤からは江戸時代から続く呪いやら因縁も絡めて、この家族の隠微な関係が明らかにされていくのですけれど、その構図を過去と現在の犯罪に重ねたときに浮かび上がってくる策謀を動力源として、複雑怪奇に織り込まれた複数人物の思考とその奸計を解き明かしていく推理は、まさに現代本格の典型ともいえる盛り上げ方で魅せてくれます。
ここまで推理のプロセスでどんでん返しを見せつけるとなると、フツーは多重解決ものの弱点のように、探偵陣だけは勝手に盛り上がってるけど物語の外にいる読者は興醒め、という事態にも陥りかねないのですが、本作では盤石に見える推理の中に「解かれていない謎」を残しておくことで、その推理を反転させるための理由付けをしっかりと持たせてあります。
また、この「解かれていない謎」は、「詰め込みすぎ」ともいえる謎の大盤振る舞いという本作の趣向の理由付けをも兼ねており、そうした謎も、怪異を前面に押し出した派手なものと、ささやかな「気付き」として伏線へと転化させる要素を持たせたものとを冒頭の手記からバランスよく配分させているところもいい。
つまり本作の「詰め込みすぎ」という風格には、作者の「戦略」がシッカリとかいま見えるところも含めて、「ジェットコースター新感覚ミステリー」なんてキワモノっぽい惹句が添えられていながらも、非常に考え抜かれた結構となっているところが秀逸です。
盤石に見えた探偵の推理が、もうひとりの探偵の「解かれていない謎」の呈示によって、まったく違った構図へと転化されるというどんでん返しだけでも十分に素晴らしいのですけれど、個人的にこの見せ方で惹かれたのが、この推理をひっくり返した結果として策謀を巡らせていた人物の隠されていた心の内が次々と解き明かされていくという趣向でありまして、推理の帰結として開陳される構図には必ず奸計の主体の内心と、それに操られる――特にある人物の発狂に到るまでの悲哀溢れる過程を描き出す効果をあげているところもいうことなし。
あともうひとつ「詰め込みすぎ」という点について言及すると、本作ではもう残りページもほとんどないという謎解きシーンの盛り上がりどころで、またまたドーンと木乃伊がイキナリ出現するという謎が呈示されるというフウに、推理の見せ場にもまだ謎をブチ込んでみせるという大盤振る舞いでありまして、謎解きの場面も平板では終わらせないよッという小島氏の、暑苦しいばかりの意気込みにはもうタジタジ。
謎解きどんでん返しのフルコースに頭が完全にオーバーヒートしているところでメデタシメデタシかと思っていると、最後の最後でそれがまたまたひっくり返されるのですけど、この「探偵」がトリをつとめるという配役と真相の着地点は、ジェットコースター並のせわしなさとは見事な対比を見せた静的なもので、これがまた美しい。
というわけで、柄刀ミステリの「幻想」的謎と三津田ミステリの刀城シリーズに見られる「過剰」さに惹かれる人などには強くオススメしたい逸品です。ただ、その一方で、柄刀ミステリが内包する詩美性や三津田ミステリに見られる怪奇と論理の融合といった趣向はナッシングという風格ゆえ、二人のミステリ作品の読者に大推薦、といいつつもあくまで取り扱い注意、ということで。