不條理と恐怖、スラップスティックと哲学的思索、言葉遊びと偏執的なロジックが渾然一體となって將に「ふしぎ」な小説に仕上がっているところが素晴らしい、「ふしぎ文学館」シリーズの一册。
収録作は、奇妙なバナナ賣りに導かれて世界の秘密を垣間見てしまう男の物語「帝国ダイボー組合」、訳も分からずにトロッコを押し續ける二人のやりとりが酩酊感を引き起こすトロッコ三部作「ループ式」、「アプト式」、「スイッチバック式」、原魚の捕獲が世界の解明とカタストロフを引き起こす「原魚ヨチネ」。
今であればまほろ小説の戲れ言遊びの先驅ともいえる言葉遊びがひたすらハジける「集中講義」、フとしたことからこの世界の眞理を知ってしまった男が受けるいたった壯絶な出來事とは「言語破壞官」、自分だけ重力がさかさまになってしまった男の当惑を描いたスラップスティックの極み「道程」。
言葉から連想されるイメージの奔流がバットトリップへと流れ着く「ベルゴンゾリ旋盤」、政府の陰謀によって日本があの時代へと逆行した擧げ句の出來事を悲哀と人情テイストで描き出した「サイコロ特攻隊」、鏡を通じて世界の眞理を知るに到った引きこもりキ印のモノローグ「鏡人忌避」など、全十三編。
もっとも惹かれたのは「言語破壞官」で、世界の眞理を知ってしまった男が突然トンデモない事態に巻き込まれてしまうといった展開は、「鏡人忌避」や「帝国ダイホー組合」と同樣ながら、偏執的な「鏡人」、ユーモアも交えた「帝国」とは異なり、こちらは物語全体にいかにも不穩な空気が立ちこめてい、自分を取り卷く世界にちょっとした違和を感じてしまった主人公が怪しい連中に連行されてしまう、――というところからタイトルにもある言語破壞官が登場、作者ならではの崩壞言語を駆使して主人公の恐怖体験に狂氣を込めて描き出した後半の流れが素晴らしい。
最初に収録されているのがファンタジーにも通じて、何處か郷愁さえ感じさせる風格にユーモアも交えた「帝国ダイホー組合」だったものですから、「言語破壞官」の恐怖小説ともいえるイヤーな展開にはチと吃驚、ですよ。
いずれも哲学的な思索も織り交ぜて物語の結構にシッカリとした骨組みを凝らしてあるところが本作に収録された作品のステキなところでもありまして、上に挙げた作品は勿論のこと、世界の眞理が次第に明らかにされていく物語の展開そのものに寓話的な味付けも施して、眞理の會得からカタストロフまでをも描き出した傑作が「原魚ヨネチ」。最初はちょっとふしぎな雰囲気な魚釣りの話かな、なんて油断していたら、それらが盡く世界の構造把握という思索へと突き進んでいく課程は相當にスリリングで、物語性という點では収録作の中では一番、カモしれません。
思索が関西弁の語りによって獨得のふしぎな雰囲気をイッパイに釀しだしているのがトロッコ三部作で、落語にもなったという流麗な語りが印象的。どこかとぼけた二人の会話もこの物語の中ではは明かされていない樣々な事柄に思い至るや怖くなってくる、という考え拔かれた構造も素晴らしい。
「道程」はスラップスティックな風格がもっともハジけた一編で、自分だけ重力が逆になって、――という一發ネタだけで強引に最後まで推し進めた物語で、終始頭を下げたコウモリ状態でどうにか外へと飛び出した主人公だったが、――というところから当然期待出來るオチでシッカリと締めくくります。
「サイコロ特攻隊」は、前半、何故かハッキリしないまま日本が周邊世界から孤立してしまうという物語世界の設定だけを要約して語り終えると、人情噺と政府の陰謀とを交錯させながら、まさに「サイコロ」のようなかたちで運命を決められてしまった登場人物の悲哀を描き出していきます。終盤は一轉して優しいオチで決めてくれるところもいい。
偏愛という點では最後に収録された「鏡人忌避」も捨てがたい一編で、道をブラブラ歩きながら偏執的にこの世界の眞理についてキ印丸出しのモノローグを垂れ流している主人公が相當にアレながら、鏡というブツから眞理を知ってしまった男が狂氣に侵食されていくさまが何處か怖い。
個人的には人間の運命が勝手に決められてしまう不條理の物語である「サイコロ特攻隊」のあと、「何事にもよらず、知ってしまうということは、哀しくつらいことだ」という一文から始まる「鏡人忌避」へと繋げていく編集が絶妙で、「サイコロ特攻隊」に登場するワル政府の陰謀や思惑とこの「鏡人」の冒頭の言葉を対比させてあるところにははっとさせられました。
絶妙な言葉遊びと哲学的思索、さらにはそれらを巧みな語りによって小説世界へとまとめ上げてしまう作者の手竝みは相當のもので、SF的な奇想と偏執的、脅迫的な狂氣にとらわれた登場人物など、ジャンルに拘泥せず、「ふしぎ」小説として讀んだ方が愉しめるとおぼしき風格なのは言うまでもなく、ふしぎ文学館のファンであれば、文句なしに滿足できる一册といえるのではないでしょうか。