推理ゲーム小説、推理小説ゲーム。
最近出版芸術社からリリースされた鮎川御大の名探偵全集シリーズの一册「山荘の死」は、ジャケ帶に「鮎川哲也からの挑戰状!」とある通り、問題編の末尾に挑戰状を添え、解答編の方は巻末においた、受驗勉強がイヤでイヤで堪らなかった自分には當時のトラウマが甦る構成が少しばかりアレなんですけど、収録作の方はというと、讀者を騙す為なら何でも使ってやろうという御大のニヤニヤ笑いが行間からもビンビンに感じられる「達也が嗤う」、赤髮連盟を思わせる奇妙な出来事の背後にある犯罪を暴く「新赤髮連盟」、遺産目当てに伯父を事故死に見せかけたゲス野郎の犯罪を倒叙形式で描いたベタなタイトルマンマの「祖父を殺す」など全十四編。
シンプルな一發ネタを中心に据えたものが多く、そこへいかに手掛かりや伏線を凝らすかというところが見所乍ら、そんななか、異樣、異常といえるほどに仕掛けを懲らしまくった傑作が冒頭を飾る「達也は嗤う」でありまして、余興の犯人当てゲームとして朗読されたものとはいえ、その意地悪に過ぎるほどの騙し振りは何度讀んでも見事というほかありません。
挑戰状の中で御大は、朗読よりも印刷されたものを讀んで推理する方が遙かに有利だろう、なんていってるんですけど、まず最初に出て來る登場人物表からしてそのイジワルぶりが炸裂。同樣に部屋の見取圖も含めて、印刷されたものだからこそ可能な騙し技を拔け目なく披露してみせるところは流石で、問題編の最後に添えられた文章も、こうして本編の冒頭におかれた前書きと合わせて讀むと、その稚気っぷりが堪能出來るという素晴らしさ。技の多さと凝らしまくった遊びも含めて最高に愉しめる一編でしょう。
オーソドックスな犯人当て小説に比較すると、真相に至るのが容易なのは倒叙ものでありまして、「祖父を殺す」「非常口」「月形半平の死」「不完全犯罪」などがその系統。
この中では美人乍ら凡才の漫画家カネコ・カネコがコスい理由でライバルを殺す「月形半平の死」がいい。デビューはしたもののそのあとはサッパリ、編集者には嫁にいった方がいいなんてダメ出しされてしまった美人のカネコは、同じ漫画グループの月形といいかんじになるんですけど、二人が応募した懸賞で何と男の月形が一位入選。
自分が投じた「ジャガタラ文ちゃん」は二位だったことを編集者から知らされた彼女はガッカリ、しかし何としても懸賞金が欲しくてタマラないカネコは、月形を殺してその金をせしめることを畫策、マンマと自殺に見せかけて殺したものの、後日警察が殺人事件として尋ねてくる。果たしてカネコはどんな失敗をしてしまったのか、……という話。
讀者への挑戰の中で、御大自ら、この事件では突発的な事故によってカネコがヘマをしてしまったと仄めかしているんですけど、ヘマの數が多過ぎるのに反して、謎解きは非常にあっさり。個人的にはこの解答編で示されたもののほかにもいくつかカネコの失敗を挙げられるような氣がするんですけど、本作に収録された作品の解答編は總じてこんなかんじで非常に簡潔に纏められています。
このあたりがネチっこい推理を延々と續ける、異形クイーン的な作風が好みの自分としてはちょっと物足りないところなんですけど、ジャケ帶にもある通り「推理ゲーム小説」だと割り切れば、ここでは寧ろこのシンプルさを愛でるべきでしょう。
そしてこのあっさり風味の解答編は、問題編が短いものほど鮮やかで、前半に収録された「実驗室の悲劇」などはその典型。街の發明家なんていわれている老人宅のラボが焼失、現場からは変人爺の焼死体が見つかったのだが、……という話。
何しろここで挙げられている登場人物表はタッタの二人。変人である件の老人とその甥だけというところから、もしこれが殺人事件だとすれば犯人が甥であることは明らかです。しかし事件当日、この甥は友達と千葉に水泳に行っていたという鐵壁のアリバイがあったというところから、果たして眞相は何なのか、ということが四枚弱で描かれるのですが、これだけの短さだからこそ、讀みかえしてみてさらりと描かれていたその伏線の巧みさに感心してしまう佳作です。
収録されている作品の中には盗難事件を扱ったものもありまして、前半の「ヴィーナスの心臓」や「ファラオの壷」がそれ。個人的には「ファラオの壷」の妙に漫畫チックな雰圍氣が好みでありまして、頑固爺が寢ていると賊が侵入、エジプト王朝の壷を持って逃走したというのだが、賊の額には絆創膏をしてあったのを見たという爺の証言によって、いかにも動機がありそうな二人に目をつけた警察は彼らを訪ねていくものの、何とその二人が二人とも額に絆創膏をしていたというから吃驚仰天、果たしてどちらが犯人なのか、……という話。
讀者の視線を間違った方向へ向けておきながら、手掛かりを巧みに隠したその手際が見事で、絆創膏からクイーンみたいなネチネチロジックが炸裂するかと期待していると些か肩すかしを食らってしまうかもしれませんねえ。
こんなかんじで、いずれも推理ゲーム小説の構成を前面に押し出した作品が竝ぶなかで、物語としての上質の風合いを持っているのが「夜の散歩者」で、横浜のロシア館に入居している一癖ありそうな連中たちの中の一人が殺されてしまう。
これを入居者の一人を語り手に据えて物語は進められていくのですが、事件發生時には銃聲がしたのを聞いたというのにゲス野郎は扼殺されていたという不可解な状況にミステリ的な趣向を凝らしながらも、解答編で示される人間關係の機微が何処かほっとする雰圍氣を添えている佳作です。
讀者への挑戰状も含めて、収録作には御大獨特のニヤニヤしたユーモアがあるのも特徴で、その中では自キャラを過剩にした鯉川先生が編集者を相手に持ちネタをニヤニヤと語る「Nホテル・六〇六号室」が好み。
事件の概要を語る鯉川先生に編集者がうまい具合に合いの手を入れていく場面と、その事件を小説仕立てで描いたシーンが交互に進むという構成で、最後に鯉川先生がニヤニヤしながら、細かい部分はバッサリと投げ出して眞相を述べるところがナイス。物語の中でかなり重要なアイテムとして挙げられていたブツの眞相が、冒頭でさらりと書かれていたあの事柄に關連していたのだと、ニヤニヤ語りで流してしまう鯉川先生のキャラが素敵な一編でしょう。
前半に登場人物表が添えられた作品を竝べて、傑作「達也」から盗難事件を扱った「ヴィーナス」と「ファラオ」を竝べるという構成も見事で、中盤に「非常口」と「月形半平の死」の二つの倒叙ものを續けて收めるというところも洒落ています。
また推理ゲームっぽい一發ネタが續いてやや平板に流れたところで、推理ゲームとしては勿論のこと物語性も豐かな「夜の散歩者」ではっとさせるといった趣向もいい。収録作のセレクトはいうまでもなく、こんなふうに一册の本としての構成の見事さに日下センセの技の冴えを感じてしまうのでありました。
人によっては再讀ものが殆どかもしれませんけど、巻末に解答編を添えるという構成に學生時代のトラウマを回想しつつ、本作でオーソドックスなミステリのおさらいをしてみるのも一興でしょう。おすすめ。