語りの呪力、余白の恐怖。
「幽」怪談文学賞長編部門における大賞作「夜は一緒に散歩しよ」、そして優秀賞の「七面坂心中」に續いて、短編部門で大賞を獲った本作、無類の短編好きということもあるんですけど、三册の中では本作が一番の好みかもしれません。
収録作は、子供の幽霊をネタに女の怖さにゾーっとなる「るんびにの子供」、ダメ男が迷い込んだ恐怖の家でボケ老人の狂気が炸裂する「石榴の家」、これまた女のイヤっぽさに姉妹の確執という味付けで魅せてくれる「手袋」、呪術女のエピソードにアレネタも添えた仕掛けの技巧が光る「キリコ」、子供時代の記憶と現在が交錯するエピソードが幻想譚へと轉じる「とびだす絵本」の全五編。
何よりも、表題作「るんびにの子供」における語りの戦略と結構が素晴らしく、じわりじわりと恐怖を盛り上げる技法も巧みなら、前半で怪異に對する立ち位置を明確に設定しながらそれを後半部で恐怖を喚起する為の仕込みに使うところや、さらには敢えて語らない「余白」から恐怖がたちのぼってくる趣向など、その手練手管の素晴らしさには完全にノックアウト。
語り手がかつて通っていたという幼稚園。そこに登場した怪異のアレがヌボーっと現れたところからしてまず怖い。正に和モノにおける怖さとは何かということを多分に意識した見せ方も最高なら、この怪異のネタ元であるアレの服装とかに關しては細密な描寫をしながらも、この表情についてはまったく書き込まれていないところがまた恐ろしい。
その怪異を目の前にしても「怖いという気持ちにはならなかった」という語り手の設定を「仕込み」に、彼女が大人へと成長した中盤から本當の恐怖譚がスタート。浮気旦那に鬼姑と語り手を對比させつつ、前半部ではただ語り手の傍らにそっと寄り添うだけだった怪異が、恐怖の対象へと變じていく過程がとにかく怖い。このネタだったら当然こうなるでしょう、という期待通りの幕引きで終わるのですけど、一番怖いのは件の怪異ではなく、――という結びも最高です。
續く「石榴の家」は、逃亡者となったダメ男が、ボケ婆さんのいる怪しげな家に匿われて、……という話。婆さんは明らかに自分を孫と勘違いしているようなのだけども、警察からも追われている主人公にしてみれば渡りに船、スッカリ孫になりすましてはみたものの、どうにも家の様子がおかしい。家の奥には糞垂れ流しの寝たきり爺がいるし、家の裏には墓があって、……。
主人公のダメ男の視點から、この家の何処かずれた様子が描かれていくのですけど、ボケ婆の振るまいや、寝たきり爺のディテールだけでも既に恐怖感はイッパイで、タイトルにもある石榴などの小物使いもまた巧み。ダメ男の不可解なモノローグから一気に物語が結末へと落ちる轉調が素晴らしい効果をあげていて、この結末へと落ちる間にいったい何があったのか、それらが一切語られないことによって讀後にはぞっとする恐怖が沸いてくるという狙いもいい。
「るんびにの子供」でも使われていた二人の女の確執という設定が活かされているのが「手袋」で、こちらは姉と妹。妹の方は結婚して子供もいるのに、主人公の姉の方はド派手なピンクのダウンジャケットを着て犬の散歩をしているような、言うなれば負け組女。
近所で行方不明になっている女の事件に大夢中の妹と、そんな妹を嫌悪する姉という對立構圖が、タイトルにもなっている「手袋」を介して、件の事件と重なり合うという趣向です。これまた物語の構成力の巧みさで魅せてくれる一編でしょう。
「キリコ」は語りに仕掛けを施した一編で、二人の女が語り合う不気味女のエピソードも相當に怖いのですけど、この仕掛けが明らかにされたあと、物語の外枠にいた部外者がこの「語り」の世界を外から覗き込む場面で幕引きとするところがいい。これまたぞっとさせる結末で、「語り」の真偽を明らかにせぬまま、外側の視線に託してそのあたりを讀者に委ねてみせるところも完璧でしょう。
恐怖譚というよりは、何処か幻想小説めいた風格を持っているのが、「とびだす絵本」で、高橋克彦フウに、曖昧な少年時代の記憶へ甘美なエロも絡めて物語が語られるところから、主人公のいるリアルが捻れていく結構は期待通り。エピローグ風に外側の視點から今までの語りの世界を見せて結びとする結構は「キリコ」と同様ながら、本作では寧ろ恐怖よりも幻想を際だたせる趣向になっています。
語りに意識的な構成や、語りに託して恐怖を喚起する風格など、何となくあせごのまん氏に近いかなア、という氣がするのですけど、あせごのまん氏の作品が、そのぎこちなさや不条理な展開も含めてB級的な趣があったのに對して、本作は素材や語りなどすべてにおいて正当派。
どう讀んだって新人の筆になる作品とは見えないのですけど、巻末にあるプロフィールによれば、作者は1957年生まれとのこと。これだけの腕を持ちながら、小説も発表しないでいったい今まで何をやっていたのかと思いますよ。とりあえず次作は大期待、という譯で、「幽」怪談文学賞の作品を長編短編と續けて三册讀んだのですけど、それぞれがまったく異なる風格でありながら非常に個性的であるところが素晴らしいと思いました。
本格とはかくあるべし、とか、この原則に従わずば本格ミステリに非ず、なんて色々と規制や物言いも厳しい本格ミステリに比較すると、怪談とかホラーの、その自由にして鷹揚なところが羨ましくなってしまうのでありました。