関口苑生氏の奥さんの解説に曰く「連城氏は出家をされた真宗のお坊さんであります。この掌編集は、その宗教関係の小冊子に掲載されたものを纏めて一冊にしたもの」であり、本作に収録されている物語は「小説のスタイルを借りた連城氏の法話なの」カモ、なんて書いているものですから思わず身構えてしまうものの、内容はというと、「嘘」「浮気」「癌」といった連城ミステリには定番のガジェットにささやかな仕掛けを凝らした掌編がテンコモリで、ファンであればこれまた安心して讀むことの出來る一冊に仕上がっています。
収録作は、元妻と浮気旦那の新しい妻との丁々発止から明らかにされる男心「優しい雨」、姑と嫁のダブル妊娠からささやかな優しさを描いた「つぼみ」、鬼姑と嫁の息子旦那を巡ってのやりとりから心理トリックが冴え渡る「夏の影」、旦那の不倫を告げる妙な電話に揺れる女心「冬の顔」、通勤途上のちょっとしたハプニングから行かず後家間際の女が恋にときめく洒落た一編「まわり道」。
逆めぞん一刻の構図に未亡人の哀しい心の決意を描いた「足音」、生き別れの兄と再會という感動エピソードを戯画化してみせる「再会」、昔別れた男と喫茶店で背中合わせに再会してしまった女が耳ダンボで二人の會話にのめりこむ「背中合わせ」、フられた後輩を慰める先輩の図に嘘を凝らした連城ミステリらしい仕掛けの光る「先輩」。
駆け落ち旦那をついに見つけた妻が旦那の一言の嘘に翻弄される「灯」、タクシー運転手の人生相談室「背後の席」、ネクラ男とのお見合いに不器用な男とポシティブ女という連城小説定番のキャラ造詣が素晴らしい「誕生日」、子供を預かってほしいとお願いされた女に旦那と親友との隠微な関係を妄想しまくる「窓」、浮気娘のママがセールスレディの格好でキ印の理論を滔々と説明する「鞄の中身」。
父の今際の際の言葉から大人の恋愛のエゲつなさを暴き立てる娘の推理に連城氏らしい顛倒を凝らした「彼岸花」、これまたダメ男と浮気女の二人に優しいエピソードを添えてみせた「紙の鞄」、電話ガジェットを活用した仕掛けが洒落ている「いたずらな春」、中年万引き男の心の奥「ねずみ花火」、娘の結婚をきっかけに過去の街を彷徨うパパの哀愁「あの時」、浮気前科のあるパパが娘の言葉の真意を探る「切符」、昔自分をフッたダメ男と幸福奥様のささやかな駆け引きを描いた「ガラスの小さな輝き」の全二十一編。
いずれも正に掌編というほどの長さのため、軽く讀み流せるかと思いきや、実際は一編一編に女二人、あるいは男女の駆け引きを凝らした會話が濃縮されているという結構ゆえ、そのあたりの機微をじっくりと探りながら讀んでいくと、叙情的にして濃密な文体とも相まってかなりお腹イッパイになれるところも、連城氏の小説ならではの醍醐味でしょう。
ミステリファンとしては、やはり連城ミステリでは定番の嘘を駆使した仕掛けに大注目してしまう譯ですけど、このあたりでまずオススメしたいのが「彼岸花」で、語り手である娘っ子の親父が、死に際に「実は母さんには私より好きな男がいる。私が死んだら、そうだな、一年だけ待って母さんとその男とを再婚させてやってくれないか」なんて言葉を残してご臨終となってしまいます。この意味ありげな言葉を巡って、浮気をしていた母に對する不信とその言葉の背後に隠された真意を探りながら、最後に表向きの言葉とはまったく異なる絵が現れてくるという仕掛けが素晴らしい。
これだけの短編にこってりした大人の心を描きつつ、それを思春期から大人へと成長した娘の視点から、過去と現在を交えつつ、語り手の心の変遷も含めて事件の様態を眺めていくという結構が秀逸です。
また、こうした言葉やその行動の真意を嘘に託して見事な仕掛けへと昇華させた作品としては、「夏の影」もいい。鬼姑がネチっこく無実の罪で息子の嫁を指弾するその行為の背後にはある気持ちが隠されていて、……というところを女二人の、息子旦那の取り合いと思わせておいて、そこから相手を思いやる優しさが立ち現れるという反轉が洒落ています。
「まわり道」も騙しの構図が冴えている一編で、行かず後家の女が見合いも決意するも、その相手がコブつきでどうにも冴えない男カモ、とあまり乗り気ではないところへ、電車の中で出会った男に恋心をときめかしてしまうのですけど、實は、――と、彼女の身の回りで起こっていたささやかな事件の構図が明らかにされた瞬間、ハッピーエンドへと転じる幕引きがイイ感じ。
「夏の影」ほどの強度ではないものの、嘘に翻弄される娘っ子の当惑ぶりが最後にはいい話へと落ちるのが、「先輩」で、ふられた娘っ子を慰めるいい先輩の話にイヤな感じへと流れる乙女心が最後には嘘の暴露によって回収されるという結構ながら、ここに巽氏の言う「二度の語り」というミステリ的な結構を考えると、この嘘に翻弄された娘っ子の内心の前後を忖度するに、このイイ話的な結末も何とも複雑な余韻を残します。
連城小説では定番のダメ男がダメ男なりの矜持を見せる「ねずみ花火」や「ガラスの小さな輝き」「再会」、さらには男の哀愁が際だつ「切符」など、恐らくは連城小説のファンの多くを占める女性は、こうしたダメ男の造詣やポシティブ女との対比にどんな感想を持たれるのかなア、なんて考えたりしてしまうのでありました。