貫井徳郎というと、「慟哭」「プリズム」、そして症候群シリーズといった傑作長編のイメージが強いのですけど、短篇の方も藝の廣さを見せてくれるものばかりで、本作を讀むと氏は、島田莊司や東野圭吾のような抽斗の多い作家であることが分かります。
本作は全部で四編、ハズレのない傑作揃いです。貫井徳郎といえば「慟哭」、「修羅の終わり」という人におすすめしたいのが、表題作ともなっている「光の影の誘惑」。二人の男が現金輸送車を襲い、見事金を奪ったもののそのあと、……という話なのですが、物語の進め方も巧みで、ラストの背負い投げがうまく決まっています。短篇におけるアレ系の技のキレ、という點で本作は、連城氏の初期短篇を髣髴とさせる傑作といえるでしょう。
この表題作と同じように「我が母の教えたまいし歌」も連城色が強い一作で、四作のなかでは一番好きですかねえ。語り手の最後のひとことでひっくり返される物語の印象が強烈。
「長く孤独な誘拐」はとにかく主人公の悲劇がやるせない。これは表題作もそうなのですが、物語の登場人物をひたすら突き放したように描く冷たい筆致がこの作者の作風持ち味というか。しかしちょっと讀んでいて辛いです。
そんな三作のなかで少しばかり異なっているのが、「二十四羽の目撃者」。ミステリの謎としては開かれた密室というもので、この謎解きもそれはそれで愉しめるのですけど、舞台はアメリカはサンフランシスコ、そして主人公などが妙に軽いんじで、この作品集のなかでは浮いているのも事実。それでも他の三作があまりに重く気の滅入る作品ばかりなので、この物語が軽い息抜きにもなっています。作者の多才ぶりを示す佳作といえるでしょう。
またこの作品、「プリズム」で提示された「毒入れチョコレート」系の愉しみもその短い物語に忍ばせていて、これが結構笑える。主人公が警察に詰め寄られて必至になってああでもないこうでもないと推理を思いつきで喋りまくるのですが、これがいい。
仕掛けの巧みさ、そして物語のうまさを含んだ傑作短篇集。氏の短編集のなかでは一番好きな作品なのですけど、しかし集英社版のジャケ裏にある著者近影の間の抜けたスナップはどうにかならないものか。