ネチっこい論理を駆使したイヤ話や妄想づくしの破格の一編など、単行本時に讀んでいなかったのを大いに後悔した次第です。収録作は、死んだと思っていた同級生が實は生きていて、という謎から不倫と論理と虚無感溢れる展開へとなだれ込む傑作「蓮華の花」、ゲス野郎のジャップがアメリカで殺された事件に執拗な推理が光る「卵が割れた後で」、クリスティをゲットした娘っ子の妄想推理が爆発する「時計じかけの小鳥」。
句読点と台詞まわしから推理の技法まで、完璧に「退職刑事」を模倣した「贋作「退職刑事」」、レイプマンの冒涜者が首を切られてご臨終という陰惨なコロシに仕掛けられたチープ・トリックの眞相とは「チーフ・トリック」、ボクちんと優等生の娘っ子が偽のアリバイを二人でネチっこく推理した後に見いだしたコロシの罠「アリバイ・ジ・アンビバレンス」の全六編。
もっとも印象に残ったのはやはり冒頭の「蓮華の花」で、ずっと昔に死んだと思っていたクラスメートの女性とヒョンなことから再會、という出だしから郷愁を交えたほのぼのしたお話が續くかと思いきや、主人公はこの女とホテルで不倫になだれ込んだりと妙な展開に。
中盤でこの勘違いに絡んでいるとおぼしき、とある回想が描かれるのですけど、主人公が推理の混迷の果てに辿り着いた「眞相」の後にこのシーンを讀み返すと何ともいえない気持ちになるところが秀逸です。
特に推理の技法に目をやると、記憶を辿りながらある女性の死と自分の記憶の相違を当てはめながらその勘違いの所以を解きほぐしていくという流れは定番ながら、最後にとあるものの主従を反転させて、二つの可能性の中で主人公を宙吊りにしたまま幕引きとするところが素晴らしい。眞相に辿り着くことが出来ずに、推理によって明らかにされた二つの可能性の虚無へと堕ちた主人公をそのままにして、再び頁を戻して中盤の回想場面を讀み返すのが吉、でしょう。傑作だと思います。
「卵が割れた後で」は、アメリカを舞台にして、金持ちボンボンで英語も勉強する気はマッタクなしという留学生のジャップが殺されてしまいます。で、警察連中がああでもないこうでもないと様々な推理を展開させていくという、西澤氏お得意の逸品なのですけど、途中に登場する日本人の一人で、勉強もしないで遊び惚けている仲間をバカ呼ばわりしていたこの男の名前に思わずおおっ、と思ってしまったものの、よく見ると一字違いでしたよ(意味不明)。昨日讀んだ「心臓と左手 座間味くんの推理」のような顛倒推理こそ見られないものの、二転三転を見せまくる推理の場面が堪りません。
「時計じかけの小鳥」は、地元の本屋でクリスティをゲットした娘っ子がその中に挟まれていたメモを發見、本に添えられていたイニシャルの筆跡と奇妙なメモの内容から妄想推理が大爆発。昔の誘拐騒動や心不全でご臨終の本屋のご主人など、いかにも怪しげな出来事も交えて、その連關を解き明かしていくのですけど、前の「卵が割れた後で」と違って、ただ一人の頭の中で悶々と推理をこねくり回していくという結構ゆえ、このあたりで好みが分かれてしまうかもしれません。個人的にはやや破格ともいえるこうした作品の方が愉しめます。
「贋作「退職刑事」」はまずもってその冒頭の文章から、句読点の醸し出すリズム、そのフラットな二人の会話といい、あまりにホンモノと似すぎていて気味が悪い一編です。殺されていた女の状況からねじくれた男女関係、さらにはいくつかの殺意が交錯していたのではというトンデモ推理、そして推理の展開だけで結びとする幕引きといい、贋作にしてはあまりに本家のエッセンスを凝縮した風格に、作者らしさは希薄です。
「チープ・トリック」は、「卵が……」と同様、これまたアメリカを舞台として、ゲス野郎が殺されるお話ながら、今度の被害者はマッタク同情の余地なしというレイプマン。ド派手な車を乗り回して女を拉致っては教会でパツキン美女を輪姦するというゲス野郎の所行に天罰が下るわけですが、あわや被害者となるかもしれなかった女性が教会内で逃走、煙のごとくに消えてしまったかと思うと、ゲス野郎の一人は首チョンパの屍体で見つかったから超吃驚。
輪姦仲間の一人があわてふためいてパツキン美女の友達宅を訪れるものの、實は……という話で、首チョンパのトリックは猿でも分かるチープさながら、その背後にある事件の真相の仕込みが見事。パツキン美女のキャラ設定がとあることの伏線になっていたりという小技もシッカリ効かせて、最後はまるでB級ハリウッド的なイヤな終わり方で幕となるところも期待通り。
しかしこの作品、メリケンのゲス野郎が登場するお話とはいえ、会話が「シット・カント」だの「ユー・シッティ・ディック」だのと、あまりに御下劣なイングリッシュに眉根を顰めてしまうところがかなりアレ(爆)。
最後の「アリバイ・ジ・アンビバレンス」は、惚けた語り手と野暮ったい眼鏡っ娘だけど實は美人という、趣味な人にはタマらないキャラ娘の二人が、事件の真相を推理していくというお話で、アリバイがあるのに自分が犯人であると主張するのは何故、というホワイが前面に押し出され、最後にはイヤ感さえ感じさせる顛倒が披露されるところが気持ちいい。収録作の中ではそのキャラ設定ゆえにユーモアも感じさせる軽い風格と、イヤっぽい眞相との対比が面白い一編でしょう。
ただ「謎と論理のエンタテインメント」という副題ながら、昨日讀了したのが顛倒推理の大盤振る舞いで見せまくる「心臓と左手 座間味くんの推理」であったことが自分の不幸で、どうしても最新の論理ものである石持氏の一冊と比較するとやや不利に感じられるものの、メリケンのレイプマンが地獄に堕ちる「チープ・トリック」の洋ピン・エロや、娘っ子が延々と妄想を大爆発させる「時計じかけの小鳥」の破格な結構、さらには傑作「蓮華の花」など、その破格さや論理に添えられた他の風味も堪能したい傑作選といえるのではないでしょうか。