全編エロまみれという怪作ながら、個人的には不思議とそれほどコーフンしないという一冊で、作中に大盤振る舞いされた濃厚なエロティシズムよりも、虚実を交錯させた幻想的筆致に最後まで惑わされっぱなしでありました。
物語は、ネクラの兄貴が綴っていたという妄想日記を、彼が自殺したあとで発見した妹が色々と探っていくと、どうやら彼の日記に登場する女たちはことごとく、……という話。
一編一編にかなりのエロいシーンがブチこまれてあり、年上女教師と教え子の口淫プレイから百合に乱交、さらには不倫でボンテージプレイとバラエティに富んでいるところも好印象ながら、本作はただ闇雲にエロスを投入したというわけではなく、もちろんそこには理由がチャンとあって、そのあたりは後半、件の妹がカフェで働いている娘っ子に百合的コーフンを催すあたりから次第に明らかにされていくのですが、ネタバレしない程度にその結構からこのエロスの趣向について述べるとすると、すなわち現実と虚構の結節点となっているのが件のエロティシズムである、というところがミソ。
乱交プレイが大々的にフィーチャーされているところからも、特に女性に焦点を合わせながらも男女入り乱れた人間関係が、妄想なのか果たして現実のものなのか、後半に至るも曖昧なまま続けられるとともに、年に一度だけ女性が殺されるという不可解な殺人事件の謎も絡めて、それぞれの「事件」の顛末が「計測機」なる人物を狂言回しと語られるという趣向が面白い。
もっともこの「計測機」なる人物は探偵というわけではなく、あくまで妄想世界へと絡め取られた人物を現実へと引き戻すために、事件の裏の裏についてちょっとしたヒントを耳許で囁いてみせるだけ、……というあたりが藤子Aセンセ的でニヤニヤしてしまうわけですが、個人的に惹かれたのは、事件の構図は明らかにされつつも、あまり犯人そのものの顔が見えてこないというところでありまして、例えばその典型は「棧敷語り」。
アクシデントで引き返すことになった飛行機とそれに乗っていた娘ッ子たちの視点から、計測機のヒントを元にして、とあるリアルな事件と、自らが巻きこまれたある出来事を背後で操っている人物をあぶり出していくという展開なのですが、――何しろこの操りの主体が、読者からするとマッタク顔も見えず、それがまた事件の構図が明らかされていく過程で不気味な雰囲気を醸し出しているところが秀逸です。
操りという点では続く「玩具がたり」も、操られるものの意識の裏を読みながらの仕掛けに計測機が介入することで、事件がどのように変化するのか、……というところが見所であるわけですが、結局、どうあがいても黒いラストを迎えてしまうという幕引きがいい。
「除夜がたり」のあたりから、件の、一年に一度の殺人という不可解な謎の樣態が明らかにされていくのですが、ここでも惚け老人の世話をする中年野郎の鬱屈した思いと、SMプレイはしているけど不倫じゃないヨ、という倒錯した妻の内心が入れ替わりに語られていくという展開から、最後はこれまた黒い幕引きを迎えるという一編で、裏と表がたやすく入れ替わる結構に極上のエロティシズムを盛り込むことで、幻想的な雰囲気をも盛り上げている風格は、戸川女王の雰囲気にも近いような気がします。
登場人物たちが連關していきながら進められていく物語は、最後の「呪詛がたり」で再び、件の妹を主人公とし、ここで兄貴の妄想日記と、彼が自殺した後の思わぬ顛末が明らかにされるのですが、妄想なのか、現実なのか、彼の死語も綴られていた日記という幽霊譚にも仕上げることのできる趣向を、ここではあっさりとネタを割ってしまいます。
しかしそこからが本題で、他人の狂気にとらわれてしまった人間がまた新たな狂気を紡ぎ出すという連鎖と、それらの狂気の端緒となった妄想が、真相開示の暁に再び息を吹き返して現実を飲み込んでしまうという結末も幻想ミステリとして見ると素晴らしい。
計測器の存在そのものが明らかにされないまま、彼の存在もまた誰かの妄想が生み出したものなのか、それともその名の通り、他人の妄想や狂気を計測するためだけに存在する、――いうなれば世界から切り離された人物なのか、……このあたりの答えを求めようとしてしまうとアレなのですが、エロスと狂気をない交ぜにした幻想ミステリとして読めば、その幻惑度は相当に高く、『ファンタズム』を彷彿とさせる怪作の逸品といえるのではないでしょうか。
かなり取り扱い注意といえる一冊ながら、個人的には戸川昌子女王のファンであれば、匂い立つエロスと幻想的な風格をめイッパイ愉しむことができるカモ、ということで、ここは敢えて戸川「秘宝館」ミステリのファンにオススメしておきたいと思います。