長すぎる助走に創元テイスト、テンコモリ。
輕妙にして本格風味の溢れる物語が個人的にはかなりツボな蒼井氏の新作、「二枚舌は極楽へ行く」という手堅くも素晴らしい作品の後とあって不安半分、期待半分、というかんじで讀み始めた本作、さて内容の方はというと、……まア、そのあたりは後で述べるとして、まずあらすじの方を簡單に書いてみると、留置所を舞台に日常の謎っぽい小咄を鏤めつつ、最後にその企みが明らかになるという、いわゆる連作ミステリ。
ジャケ帶にもシッカリと「留置場版日常の謎(?)など愉快な五編を収録した連作ミステリ」なんて書いてあって、いかにも創元ファンを狙い撃ちにするかのようなあらすじ紹介が一寸アレ。
実際、この不安は前半分を費やして語られる二編でほぼ的中してしまいまして、「古書蒐集狂は罠の中」と「コスプレ少女は窓の外」はマンマ日常の謎っぽいお話。
「古書蒐集狂は罠の中」では創元が大好きな日常の謎に加えて、古書蒐集という「業界」からの好感度も考慮に入れた風味も添え、留置場にやってきた新人ワイを語り手に古書蒐集を趣味とする爺さんにまつわる謎を語ります。
この爺というのが旅先で見つけたレア本をどうしてもゲットしたいばかりに喫茶店で客の財布をスッたところを御用になってしまったという人物。で、どうやら彼が逮捕されたいきさつを記した怪文書が町中にバラまかれてしまったらしく、留置場の住人たちはこの惡戲の犯人とその眞意を突き止めようと推理するのだが、……。
老人が旅に出て不在なところと、彼の妻が菜園を耕していたところを結びつけて妙チキリンな妄想を膨らませる隣人など、ミスディレクションを懲らしつつ物語は進み、最後に意想外な眞相が明らかにされるというのは作者得意の技ながら、「九杯目」や「二枚舌」に収録されていた濃厚本格テイストに比較すると、謎も輕めでその推理も上辺をさらりとなぞったかんじで個人的には物足りない。
この物足りなさは續く「コスプレ少女は窓の外」でも同樣で、こちらは留置場の前に出没するアイドルと住人たちとの關係は、というお話。ほどなくしてこのアイドルの正体は明らかとなり、その後はこの少女の奇矯な行動の眞意を推理する展開となるのですけど、「古書蒐集狂」でもチラリと乍ら言及されていたコロシのような血腥い犯罪は一切なし。
このまま蒼井氏らしくない、創元のカラーに染まりまくった輕めの物語が後半も續くのかとガッカリしていると、第三話の「我慢大会は継続中」からは毒殺ものも絡めて、いよいよ奇天烈論理と昇天推理を軸とした作者らしいミステリが大展開されていきます。
留置場の中の一人の先輩が死んでいたというコロシに對して、語り手たちが樣々な推理を巡らせていくという物語で、クスリによる逮捕で留置場にブチこまれることになったという当該人物の特殊な状況から「事件」の樣相が様変わりにしていったことが明らかにされる中盤からの推理部分は読み應えも充分で、これだったら蒼井ファンも満足の逸品です。
前二作の長すぎる助走から「我慢大会」を經て、作者の筆はいよいよ冴えわたり、續く「アダムのママは雲の上」は前作の最後で留置場にやってきた新人を軸に、バーのママさんが車に轢かれたというコロシを探っていくというもの。
ここでも仕込んであった毒が事件に大きく絡んでいて、ママに毒を仕込んだ人物は誰だったのか、そしてその眞相を留置場の面々がああでもないこうでもない、と推理していくのですけど、この推理劇自体にとある目的があったことが明らかにされる後半部の展開もいい。
連作ミステリとはいえ、ここまでは全編に凝らしてある仕掛けがなかなか見えてこないのですけど、最後の「殺人予告は二日前」では、前四作の中で描かれていた留置場の面々のちょっとした仕草や行動も伏線に、語り手が留置場にブチ込まれることになったことの眞意など、この密室劇の背景が明らかにされるという趣向です。
この「殺人予告」は全編に渡って怒濤の推理が展開されるという、まさにニヤニヤ笑いが止まらない構成で、語り手とここで語られる事件の中核にいる人物との推理の應報は素晴らしいの一言。語り手がさまざまな推理を挙げると、それに相手が一言のツッコミを入れてはまた別の推理を巡らせるという、多重解決ものの恍惚を一編の中にギュギュッと詰め込んだ風格は當に短篇の名手たる蒼井氏の眞骨頂といえるでしょう。
ここでも毒が大きなポイントとなっているところも見所で、最後に明らかにされる「事件」の全容と、ここから引き出されるオチもいい。冒頭二作の何とも「らしくない」風格にゲンナリだった自分ですけど、後半すべてを費やして展開される怒濤の推理祭に結局は大滿足、――とはいえ、もう少し冷静になって見渡すと、やはり前半の二作はちょっと蒼井氏らしくないなア、と氣がするのは自分だけでしょうか。
若干ワンパターンに流れながらも、小市民劇に奇天烈ロジックと怒濤の推理を添えて濃縮醗酵させた作品がテンコモリの「九杯目」や、普通小説かはたまたふしぎ小説ともいえる獨特の風格も交えてバラエティに富んだ作品が愉しい「二枚舌」に比較すると、どうにも本作に収録された前二作には創元テイストが感じられてちょっと、という自分的にはかなりアレ。
まア、確かに本作はミステリ・フロンティアの一册でありますから、業界受けも考えなければいけないのだろうし(違う?)、色々とあるのでしょうけど、蒼井氏の作風をこういう方向に持って行くのはちょっと違うんじゃないかなあ、なんて思うのですが如何。
樣々な作風の短篇を収めた「二枚舌」とか讀むと、蒼井氏は凄く器用な作家だと思うんですよ。それ故に、いや、それだからこそ編集者の要求にも誠實に應えてしまうのではないかな、と「出られない五人」と本作、そして「九杯目」と「二枚舌」という双葉からリリースされた二作を比較して、そんなことを考えてしまうのでありました。
やはり自分としては蒼井氏の作品は双葉で讀みたいなア、というのは無理な注文でしょうかねえ。いや、本作も創元からリリースされたミステリ・フロンティアの一册として見れば、雰圍氣は非常に「らしい」作品だと思うんですけど、どうも自分が蒼井氏の作品に求めているものとはちょっとずれているんですよ。
まあ、蒼井氏が意図して今後こういった日常の謎のお話を交えた、作風としても、ミステリとしても輕いお話に流れていくのであれば、自分としては殘念乍らそれはそれでいいんですけど、個人的には蒼井氏のミステリ作家としての潜在能力を編集者にはもっと引き出してもらいたいなア、なんて思ってしまいます。
何だか、「出られない五人」と同樣、またまた編集者に對する文句とボヤキみたいになってしまったんですけど(爆)、とりあえず次作も期待、でしょう。ミステリ・フロンティアのファンは最初からジックリと愉しみ、自分のような偏狹な蒼井ファンは後半に大展開される怒濤の推理マジックに醉うのが吉、でしょう。ただ蒼井ミステリ初心者は「九杯目には早すぎる」か「二枚舌」から入った方がいいと思います。