待ちに待った蒼井氏の新作ではあるのですけど、これが「出られない五人―酩酊作家R・Hを巡るミステリー」をリリースした祥伝社のノンノベルズだったので不安イッパイ、いったい双葉社の担当編集者は何をやっているんだ、なんてかんじでまずあらすじを讀んでみたのですけど、ここでもうブッ飛んでしまいましたよ。
語り手の俺がとある男に殺されてしまったものの、俺の魂は犯人であるデブ野郞の体に取り憑いてしまったからさア大變、さらには俺がデブ男に殺された時刻に自分の兄イも殺されていてこのコロシの最有力容疑者がこのデブ男だっていうんだから一体?!……みたいなお話です。
何だかデブ男が犯人でそいつの体に魂が憑依してしまうところから、キワモノマニアとしてまず山村御大の「幻夢展示館」に収録されていた「やどかり」を連想してしまったのですけども、本作は二つの事件に関連した登場人物たちを巧みに配しつつ謎解きで見せていく趣向です。
で、期待していた蒼井氏の風格とは大きく異なるあらすじにまず吃驚してしまったのですけど、さらに追い打ちをかけるように、ジャケ帯の裏には「あり得ない設定に、反響続々!」と大文字で記しつつ、その下にはミステリ通の書店員様による大絶賛の嵐が添えられておりまして、曰く「設定の凄さとトリックに驚かされました」「キリッとした極上のトリックに魅了されました」「明かされる眞相には感嘆!」、そしてジャケ帯の表を再び見返すと、「ミステリ通の書店員さんたちも大絶賛!」とのこと。
ミステリ通の書店員様の一人は、本作の魅力のひとつとして「設定の凄さ」を挙げられているのですけど、魂の入れ替わりという點だけを挙げればミステリに限らずいくつかの先例を思いつくことが出來る譯で、そうなればここでいう「設定」とは当然、犯人と被害者の魂の入れ替えとは大きく異なる「何か」であろうと考えてしまうのは必定でしょう。
しかしまア、この煽り文句で一番に期待してしまったのが、「キリッとした極上のトリック」という言葉でありまして、というのも、蒼井氏のミステリの魅力はそのトリックの独創性というよりは、トリックも含めた仕掛けの「見せ方」にあると思っていたので、さアてそうなると、本格理解「派系」作家も目ン玉をむき出しにして驚いてしまうような空前絶後の大トリックが本作では堪能出來るんだろう、なんて期待してしまいます。
と些か前振りが長くなってしまいましたけど、結論からいうと文体や物語の構成にやや難アリ、とは思えるものの、ありがちながらもナンセンスでブラックな設定を巧みに活かした一作だと思います。
まず冒頭から馴染めなかったのがこの文体でありまして、もうプロ以前というか、ぎこちないにもほどがあるッ、みたいな冒頭のガタガタぶりに溜息が出てしまったものの、これには當然のこと乍らチャンとした理由があって、本作の語り手は作家志望のワナビーゆえ、情景描寫は勿論のこと、場面転換や人物の台詞も含めてその「ぎこちなさ」は確信犯。
逆にいうと、この「ぎこちなさ」から醸し出されるグタグタぶりこそが、この不条理にしてナンセンスな状況に陥った主人公のワナビーぶりを表しているともいえる譯で、本作ではいかにもこのプロらしくない文体と物語の流れ「のみ」をもってしてこの作品の評價するのは大間違いでしょう。
例えばデブ男に憑依してしまった主人公が、兄コロシの状況を理解する為に、周囲の人物に當時の状況を聞き出す場面など、いかにも「こなれていない」感がビンビンに感じられてこれまた溜息が出てしまうものの、こういった「ぎこちなさ」から離れたところで本作を見ていくと、自分殺しからは距離をおいて、事故死に見えた兄殺しの眞相を探っていくうちに、二つの事件が一本の線へと繋がっていく後半の展開は非常に巧み。
主人公の姉や恋人など、女がこれまた怪しく立ち回る様も秀逸で、戀人の本心が・拙めずに、彼女からは蛇蝎のごとく嫌われているデブ男の立場から主人公がコトの眞相を追いかけていかなければならないところなど、そのアンマリな倒錯ぶりにはいかにも作者らしいブラックな味付けがなされていて、蒼井ファンはニンマリでしょう。
で、後半になって、ミステリ通の書店員様が述べている「キリッとした極上のトリック」が開陳される譯ですけど、……うーん、ミステリ通はこれを「キリッ」と感じてしまうところがまず凄いな、と思いましたよ。
自分は、このチンケなトリックこそが正に蒼井氏と感じた次第で、このチマチマしたトリックはそのままワナビーな主人公のダメダメぶりを象徴しているのではないかな、なんて感じた次第でありまして、チンケなトリックの仕掛けが思わぬ事態を引き起こしてしまうところもまた蒼井氏の短編を讀んできたファンであればニヤニヤしてしまうところであろうし、ワナビーが思いついたトリックだからこそ、これは「極上の」トリックなどではダメな譯で、そういう意味ではこのいかにもなチープさこそが本作の仕掛けの中では活かされていなければならず、……なんて色々なことを考えてしまったのですけど、これらは勿論ボンクラのプチブロガーのモノローグゆえ、普通の本讀みの方々はジャケ帯で大推薦しているミステリ通の書店員様の意見を参考にされた方が吉、でしょう。
最後に大あわてで禁断のあのネタまで開陳しつつ、駆け足で終わらせてしまう終盤がアレながら、短編のキレよりは主人公のグタグタぶりや設定の無理矢理ぶりに作者らしいチープ感をブチ込んだミステリとして讀めば愉しめると思います。
それでも上に述べた通り、本作に「キリッとした極上のトリックに魅了された」とか「設定の凄さとトリックに驚かされました」という感想を持てなかった自分はまだまだだなア、と感じた次第です。そうか、蒼井氏の作品っていうのは「設定の凄さ」や「キリッとした極上のトリック」を愉しまなければならないのだな、と、いう譯で、世間の「ミステリ通」の讀みと自分の讀み方との乖離に頭を抱えてしまったのでありました。