第四十三回メフィスト賞受賞作。銀髪ヒラメ顔の女をあしらったジャケだけで、自分のようなロートルは手を取るのを躊躇ってしまうわけですが、物語の方はというと、確かに詠坂氏のような「確信犯的」な中二病ではなく、「真性」っぽいところがキャラ設定やエピソードの盛り込み方からもビンビンに感じられるところなど、――正直にいうと、駄目なところを挙げろ、といわれればいくつでも容易に思いつくことが出來るというものながら、それでも自分としてはかなり好み。是非ともシリーズ化を期待したいという一冊で、堪能しました。
物語は、女を殺して死体を焼くというシリアルキラーの正体を暴くべく、銀髪ヒラメ顔で「キョウカンカク」の持ち主である女探偵が、被害者女性とは幼なじみのボーイと一緒に行動を共にするのだが、――という話。
基本的にはボーイの視点が物語の中核をなしているゆえ、中二病がプンプンしているところは折り込み済み。その一方で、時折銀髪ヒラメ顔の女探偵のエビソードがさりげなーく凝らされているところに注目で、タイトルにもある「キョウカンカク」が絶妙なミスリードになっているところが秀逸です。
事件そのものはシリアルキラーのミッシングリンクと見せかけておいて実は、……という物語かと思っていたら、一つの事件をきっかけに、不可能犯罪へと大きく傾斜しながら、それまでの誤導をいっさい放擲してしまうという破天荒な結構にまず吃驚。絶対的なアリバイが出てきたら、まず本格讀みはコイツが犯人だろ、と疑ってしまう譯ですが、そうしたところに驚きを求めず、タイトルにも絡めた、この物語ならでの世界観に裏打ちされた奇天烈な動機が本作一番のキモでしょう。
実際、動機に関していえばかなり意外で、死体の不可解な点や犯行現場の様子から、犯人の行動を推理することは可能とはいえ、一般人だったらまず不可能という豪腕ぶりに惹かれます。また、この奇天烈な動機を明らかにするには、どうしても探偵役となる銀髪ヒラメ顔である女探偵のエピソードが必要であり、ボーイが勘違いをしてしまう犯人像にしても、この女探偵の造詣と件の人物との繋がりが読者に明らかにされていないと効いてこない、という点で、ややぎこちなさを感じさせる本作の結構にも、これまた納得がいく答えが最後の最後に明かされます。
ちょっと面白いと思ったのは、こうした粗探しをした読みに対する作者なりの回答がすべて、この作品のシリーズ化を前提としているところでありまして、「ホラホラ。頭の良い文三の編集者さんにはもうバレバレだと思うけどさー、この作品ってシリーズ化が大前提になっていて、この銀髪ヒラメ顔の女探偵の過去のエピソードをドンドン明かしていかないと、この作品そのものが駄目になっちゃう『仕掛け』になっているんだよねー」と、作者がほくそ笑んでいる様が眼に浮かぶようで、このあたりからもシリーズ化に対する作者の意気込みがビンビンに感じられます。
硬質な世界観を構築して本格マニアをも満足させたメフィスト賞といえば、望月守宮氏を思いうかべてしまうわけですが、本作の場合、あそこまでシッカリと作り込まれているような印象はありません。むしろ銀髪ヒラメ顔の女探偵や、なかなか裏がありそうな家庭思いの刑事など、キャラ造詣がまず先にあり、「世界観とか何とか、そういう細かいところはこれから考えていきますからー」というような緩さが感じられます。ただ、それでも、もっとシッカリと編集すれば、初野氏の「1/2の騎士」みたいな傑作になったカモしれないカモしれない、……と思わせるような、物語が内包する豊饒さを感じるにつけ、惜しいなーと感じてしまうのは欲張りすぎでしょうか。
とはいえ、だから駄目かというとそんなことはまったくなくて、「キョウカンカク」というカタカナ書きされたタイトルの真意や、今後のシリーズ化の動向を思わせる銀髪ヒラメ顔の女探偵(だからシツコイって)の隠されたエピソードなど、このあたりにキャラ造詣に着目した読みでもかなり愉しめるように組み立てられているところは好印象。
現代本格として見れば、シリアルキラーという事件の様態に凝らした誤導や、そうした誤導を不可能犯罪の開陳によって無化してしまう結構など、ぎこちなさばかりが際立ってしまう一編ながら、それを補っても余りある奇天烈な動機や、シリーズ化を前提としたミスリード、さらには幕引きのシーンで探偵に事件を回想させながら自らとボーイを対比させることで悲哀を淡く描き出した繊細さなど見所も多く、メフィスト賞を追いかけている本格ファンであれば、今後の「大化け」を期待して、今、手にしておくべき一冊、といえるのではないでしょうか。