正直に告白すると、「後悔と真実の色」はアンマリ愉しめなかったのですけれど、本作は仕掛けがあるナと勘ぐりつつも、その仕掛けの効用が読者を驚かせることよりはむしろ作中の「舞台」を変化させ、作中人物の内心を描き出すために用いられているところに惹かれました。このあたりは後述します。
物語は、帰国子女の娘っ子がクラスメートの人気者といいカンジになるも、奇妙な事件が立て続けに起こったことで二人の関係は何となーく自然消滅。やがて彼女が大学に入ると、妙な男が彼女の前に現れて、……という話。
実際にはヒロインの視点から描かれた二つのパートの間に、別の人物の物語が挿入されていて、これがまた本作の仕掛けにも大きく絡んでいるのですけれど、このあたりは貫井ミステリのファンだったらきっと何かあるナ、と眉に唾してとりかかるのはまずデフォルト。
最初のパートでは、ヒロインと人気者のボーイ二人のデートを邪魔する怪しい輩の存在がほのめかされ、そこにドッペルゲンガーみたいな怪異がさらりと描かれているのですけれど、こうした謎は解かれないまま、物語は次のパートへと移ります。
帰国子女という外の視点を持った娘っ子を中心に据えて甘酸っぱい青春物語にまとめあげたパート1も十分に素晴らしいのですが、男二人の友情を軽妙に活写したパート2もいい。この二人の関係が悲劇によって終わるであろうことがほのめかされ、物語は再びヒロインのパートへと回帰するのですが、ここで意外な人物によって最初のパートで提示された謎が解き明かされる展開も期待通り。
本作も貫井ミステリの定番ともいえる技法を用いた結構ゆえ、ストレートに謎解きがなされる筈もなく、冒頭のパートで二人のデートの邪魔をしていた人物の正体やその動機がさらりと明かされるだけでなく、ヒロインが見えていなかった二つのもの、――人間の持つ光と闇の部分が真相開示とともに語られていきます。
興味深いのは、従来の貫井ミステリであれば、人間の暗黒面が前面に押し出され、ダウナーな雰囲気を醸して幕、となるところが、明るいラストでしっかりとまとめてあるところでしょうか。
ただ、もう少し冷静に見てみると、従来の貫井ミステリにおいても、真相開示によって強調される暗黒面の裏には悲哀と慟哭が滲み出していたわけで、そうした人間が内包する光と闇を裏表に対置した貫井ミステリの風格を鑑みると、本作は今までの作風の逆、――つまりは今までの結構を裏返すかたちで、光を表とし、その裏に暗黒面が透けて見えるようになっています。そしてこの光の裏から透かし見える暗黒面をさりげなく描きつつも、読者に鮮烈な印象を残すことに寄与しているのが、貫井ミステリならではの本格ミステリの技法であるところも興味深い。
ヒロイン視点からなる二つのパートの間に挿入された部分で描かれていたある人物とある人物の正体が最後に明かされるのですが、件の技法が開陳された瞬間、作中のある人物は物語の表舞台より消失し、それと入れ替わるかたちで今まで隠れていたある人物が大きくクローズアップされる。そしてこの舞台の入れ替わりを鮮やかに見せるために、例の技法と誤導が駆使されているところにも注目でしょう。
この舞台の入れ替わりにあわせて表舞台に出てくる人物を光とすれば、退場した人物が闇に当たるわけですが、個人的にはこの闇となった輩はかなり怖い。あまり気軽に犯罪へと手を染め、それでいてそうした行為の結果にも執着しないといったあたりが現代の犯罪者らしいともいえるわけですが、また同時に最後のパートでチラっと出てくるゲス野郎どももまたこの犯人と同じような感性を持っているに違いなく、表だけを見れば心地よい青春小説でありながら、犯罪のカジュアル化という社会問題にもしっかりと切り込んでみせたところも素晴らしい。
「おいおいおい、貫井ミステリだったらもっと現代社会が抱えた問題にガッツリ取り組んでくれないと物足りねーよ」という意見もあろうかと推察されるものの、本作においては、従来の作風を裏返しにしてみせた結構であることに気がつけば、今まで表に見えていた社会問題へのアプローチが、青春小説的な風格の裏に透かし見えるかたちにまとめられているところにも目が届く筈で、――従来の風格との違いこそあれ、それはあくまで作品に対するアプローチの差に過ぎないような気がするのですが、いかがでしょう。
ポシティブなラストにしっかりと「泣き」を凝らし、さらには貫井ミステリならでは仕掛けによって鮮やかな舞台の入れ替わりを見せる本作、現代本格読みもフツーの本読みも愉しめる逸品といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。