皆樣、明けましておめでとうございます。本年も變わらぬ御厚諠のほど、宜しく御願い申し上げます、……とおきまりの挨拶は早々に濟ませて、早速以下のエントリから本のレビューに移りたいと思います。
皆樣、明けましておめでとうございます。本年も變わらぬ御厚諠のほど、宜しく御願い申し上げます、……とおきまりの挨拶は早々に濟ませて、早速以下のエントリから本のレビューに移りたいと思います。
角川ホラー文庫でも光文社文庫でもなく、今回は幻冬舎アウトロー文庫からのリリース。「SM非道小説」という惹句の通りに、今回は鬼六師匠の向こうを張ってド鬼畜なSMシーンかテンコモリかと思いきやさにあらず。むしろ『アンダー・ユア・ベッド』などの初期作を彷彿とさせる哀切を極めた風格で、大いに堪能しました。
物語はたいした「労働」もせずに株取引だけでバンバン儲けてしまっているボンボンの主人公が、南国の島で女を買ってSM三昧、――と簡単にまとめてしまえばそういうお話ながら、語り手の、妻と二人との幸せな日々や彼女とのなれそめといった過去のシーンと、南国で出会った年上女を奴隷に堕していく場面とが平行して描かれていく構成によって、異端者の悲哀と美学を際立たせた趣向が秀逸です。
大石ワールドのSMという視点から見ると、マザコンで母親を思わせる女にひどいことをする、というあたりは『殺人勤務医』を、そして年上で四十路のオバはん萌えといったあたりは『いつかあなたは森に眠る』といった初期作を連想させます。しかしながら、要所要所に挿入された蝋燭から鞭、肛虐といったSMシーンの痛さは、ここ最近の大石ワールドをイッパイに感じさせ、アウトロー文庫のレーベルに恥じない仕上がりを誇っているところも素晴らしい。
物語が進んでいくにつれてそうしたSMシーンが、定型化、――悪くいえばワンパターンと化していくのが大石小説の魅力でもあり欠点でもあったりするわけですが、本作の展開はそうした過去作とはやや趣を異にします。というのも、母親を思わせる女と出会い、彼女と奴隷契約を交わして堕としていくにつれ、そうしたSM描写から当然感じられであろう肉体的苦痛はむしろ控えめになっていき、それとともに主人公の目を通して描かれる奴隷の肉体の疲弊と痛さと辛さが俄然、際立ってくる。
SM行為そのものはやや過激に流れていくにもかかわらず、その描写は次第に淡泊となり、それにつれてサドである語り手の視点を通して描かれるSM行為の痛みというよりは、疲弊していく奴隷の肉体の痛みそのものが読者の心を痛撃するという趣向がまず見事。
そして後半にいたると、奴隷契約を交わした年上女もまたある策略を巡らせ、男をヒドい目に遭わそうとしているゲス女であることが明かされていくのですが、ここでも痛烈なのは、そうした女の暗い心など語り手にはとっくにお見通しで、結局は女も彼の手のひらの上で踊らされているに過ぎない、という精神的にも十二分にサド、という語り手の心理が、大石ワールドらしい静的な筆致で描かれているところでしょう。
男の心情を通して明らかにされていく女の愚かさこそが、肉体の痛み以上に痛切であり、そうした女の愚かさを活写した現在と、幸福の絶頂だった妻との日々を回想するシーンを対照させた結構も見事です。さらには妻との幸せな日々がある事情によって突然崩壊したことが明かされ、それとともに語り手が「この日」の来ることを怖れている、――ということが中盤に仄めかされるのですが、「この日」という言葉に仕掛けられた二重の意味が、最後の悲劇によって絶妙な誤導であったことが明かされる趣向も効いています。
それがまた二重の意味で語り手の絶望を見事に表現している幕引きも見事ながら、明快な「絶望的なハッピーエンド」とも異なるこの無常観にも似たラストこそは、初期作の鬼畜でありながらピュアといった作風から様々な煉獄を通り過ぎ、そうしてたどり着いた大石氏なりの境地なのかもしれません。
大石小説にハズレなし、ということがレーベルを変えて証明されたわけですが、角川ホラー文庫や光文社文庫ともまた異なる魅力を放つ本作は、同時に大石氏の新たな代表作、といえるのではないでしょうか。ファンはもちろん、期待通りのエロスも盛り込まれているゆえ、アウトロー文庫のマニアでも十二分に楽しむことができるのではないでしょうか。オススメです。