アヤツジストにとっては必讀の書、というか絶對にもう讀んでおられると思うのですがこの作品、扶桑社文庫「昭和ミステリ秘宝」のシリーズに収録されていることをつい先日知りまして、だったら取り上げない譯にはいかないでしょう、と。
まずこの本、講談社文庫に掲載されていた綾辻行人の解説もシッカリと収録されているのがいい。この解説のなかで、彼は本作を「大好き」な作品といい、「第一級の長編ミステリ」と絶贊しています。確かにいかにも綾辻行人や竹本健治が好きそうな物語でして、ああいった幻想ミステリが好きなひとにはたまらない作品となっています。
物語のあらすじは多くを述べないほうが愉しめると思うのですが、ごくごく簡單に纏めてみると、本作はプロローグで修道女ことマ・スールが「あなたの助けが必要だ」という手紙を受け取るところから始まります。
次章には「修道女(マ・スール)」という章題がつけられていて、船に乗って島に到着した修道女の視點から物語が語られていきます。
この章で何より際だっているのはこの修道女を島に迎え入れた矢野藍子の饒舌さでしょう。とにかく自分のことを一方的にまくしたて、さらには修道女を自分の姉に似ている、などと相手の返答も顧みずに語りまくるこの女性の不氣味さ。
この島というのは不良少女の更生施設になっていて、そこで働く大人の男女と、少女たちの確執が描かれます。そしていくつかの謎と事件が起こるのですが、これについて多くは語らない方が良いですねえ。
そして後半、章題を「藍子」と据えたところから物語は崩壞に向かって突き進みます。この異樣な狂氣と緊張感、そして最後に明らかにされる真相を、綾辻行人は「鳥肌が立つほどに、凄まじい」と表現しているのですが、……確かにこういうの、彼は大好きそうです。
というか、綾辻行人の或る作品など當に本作のような雰圍氣を湛えていまして、このタイトルをここに書いてしまうと興味を缺いてしまうと思うのでアレなんですが、まあいくつかヒントを挙げますと、終盤のシーンで彼が敬愛する某漫画家の名作のなかの一シーンを無意識のうちに取り入れてしまっていた、という作品。
竹本健治の小説でいうと、「閉じ箱」のなかにあった某短篇などがこれと同じ主題を取り上げています。個人的にはプロローグ、エピローグの相似性などの構成から夢野久作の某作品を思い浮かべてしまうのですけど、それでも幻想ミステリとしては無視出來ない傑作でしょう。
磔にされた豚、島の斷崖、燃え上がる炎など印象的な場面も多く、それがまた皆川博子の獨特の文体で明瞭に描かれています。全編に爆発崩壞寸前の何ともいえない緊張が漂っているのですが、これがひとつの仕掛けになっているところがミソでしょう。
大人たちと更生施設に収容されている子供たちの確執、そしてそこからこの緊張感が釀し出されていることは確かなのですが、それと同時に物語のはじめから妙な違和感と狂氣が釀し出されていることに氣がつかれるでしょう。果たしてこの違和感が全編を覆っている緊張感と繋がった後半に驚くべき眞相が明らかになるという仕掛けです。これはある意味、心理トリックなのではないか、と思ったりするのですが如何。
寸分の無駄もない構成と、綾辻行人、竹本健治などが夢野久作から繼承した主題を見事に体現したプロット。綾辻行人のファンで未讀の方はいうまでもなく、竹本健治が好きな人にもおすすめしたい幻想ミステリの傑作であります。