何故かタイトルの雰囲気から刊行前には例のジョーカー・ゲームの続編と大いなる勘違いをしてしまっていた本作(爆)、あらすじの雰囲気からフツーに面白いサスペンスものかと思って読んでいったら最後の最後に吃驚の仕掛けが開陳されるという快作で、堪能しました。
物語は、元SPのヒロインがヒョンなことから、失踪していたチェスの天才という男のボディーガードを請け負うことに。何でもチェスの天才男はメリケンの大統領に狙われていて、アルカイダとも繋がりがあるとかないとかでテンヤワンヤ、果たして……という話。
冒頭、ヒロインの造型のあまりに定型的で魅力のない性格とマッタリ過ぎる展開に、こりゃあ今回はハズレかな、なんて感じで読み進めることに。で、件のチェスの天才と言われている輩のダメ人間ぶりがこれまたアレで、さらに華やかな過去の逸話が語られていくにつれ、現在のグウタラぶりとの「ちぐはぐな感じ」に辟易しながら中盤まで付き合っていくと、それでも物語は陰謀も絡んでいるというのにド派手な大風呂敷を広げることもなく、ある意味、非常にこじんまりとした感じで進んでいきます。
古武術に秀でた秀才型のヒロインと、天才型の「キング」であるチェスの天才、という対置がタイトルである「キング&クイーン」の意味かと思っていると、最後にマッタク予想もしていなかった仕掛けが明らかになり、その真意が明かされるという結構が素晴らしい。普通のサスペンスもの、――それもこうした作風ならではの軽い陰謀と、決して大風呂敷を広げずにひきしまった感じでシッカリとまとめた物語世界のコンパクトさ、といった外観など、これまた定番ともいえる展開で期待通りに進んでいく結構から、そうした仕掛けを読者にまったく気取らせない戦略も周到です。
本作のテーマがチェスであり、「犯人」が編み出したあるテクニックがヒロインを翻弄するリアルの戦略と重ねられている構図も美しく、定型的な登場人物は人によってはマイナス点ととらえる向きもあるかと推察されるものの、本作では犯人の動きもまた周到に計算されたチェスのそれであり、またその秀才ゆえの定型と才能の限界ゆえに犯人が最後に敗北する結末を見れば、この定型はむしろ犯人の思考を作中で体現したもの、といえるような気がするのですがいかがでしょう。
またヒロインの造型がこれまたありふれたものでヒロインとしての魅力がねえジャン。チェスの天才野郎がキング、っつうのはまア、良いとしても、このヒロインがクイーンとはタイトル負けしてねえか、――という批判もこれまた予想されるものの、最後の仕掛けが開陳された瞬間、タイトルにある「キング&クイーン」が実は「キングVSクイーン」であったことが明かされるという趣向になっているわけで、チェスをテーマにしつつ、さらにそこへ大胆な仕掛けを凝らした本作の結構を鑑みれば、一見するとマイナスに感じられてしまう外観も、これすべて仕掛けに奉仕しているものであることが判明するという心憎さで、そうした意味では本作、サスペンスをフツーに愉しみたい、という本読みの方よりは、むしろ柳氏ならではの本格ミステリが読みたいッ、というファンの方がもっと深い部分まで愉しめるような気がします。
「ジョーカー・ゲーム」の「魔王」結城中佐のような魅力的な人物が不在、というのは確かにアレではありますが、隠された仕掛けに吃驚させてもらったクチなので個人的には大満足。上では仕掛けがあることをバラしてしまいましたが、本来であれば、フツーの、こじんまりとしたサスペンスものとして読み進めつつ、最後にビックリさせられる、というのが期待されている逸品だと思います。オススメ、でしょう。