輕妙な語り口と深刻でない事件の雰囲気が妙に愉しい一作。これでカッパ登竜門一期生の作品は全部讀んだことになります。
本作を後回しにしていたのは、單に何かユーモアミステリっぽい軽すぎる雰囲気と、他四作に比べて重厚さに乏しいところが自分の好みではないかなと思っていた次第でして、しかし實際に讀んでみれば、この語り口と架空の地方都市での事件という設定がうまい效果を挙げていて、なかなか愉しめました。
deltaseaさんがとりあげていなければ多分素通りしていたと思います。
本作は架空の地方都市烏賊川市を舞台にした物語で、主人公である戸村流平は私立大學の映画学科の學生という設定。プロローグでこの烏賊川市のことがさらりと語られ、第一章の「事件以前」で流平と被害者の關係のおおよそが明らかにされます。
興味深いのは、第二章となる「事件一日目」の冒頭、「さて、それではさっそく事件当日の出来事について語ることにしよう」と、物語における視點の問題についてひとくだりの講釈を始めるところで、作者は多分にミステリの書き方というものに自覺的であることがここからも分かります。
「この物語の語り手は誰なのだ?」という讀者に對する問いかけや「神の視點」について切り出すところなど、ニヤリとさせられる書き出しが多いのも本作の特徴でしょうか。
更には物語の主人公である「流平が風呂に入っている時間を利用して(?)ここで二人の刑事たちのその後の行動について述べておこう」などという語り方を見つけるにつけ、作者は奧泉光のファンなのかな、と思ってしまいましたよ。このあたり、今フウの小説では考えられないような試みであるし、本作の全体を占めている何処かくすりとさせられる飄々とし語り口も奧泉光の作品に似ているなあ、と感じました。
事件は流平が先輩である茂呂の部屋で「殺戮の館」という映畫を見ている時に発生します。部屋の中には流平だけしかいなかったというのに、先輩である茂呂が風呂の中で殺害されます。更にはこの直ぐ近くで、流平をフッた女友達が殺されるのですが、果たしてこの二人を殺害したのか誰なのか。
動機からすれば女性を殺したのは流平が最も怪しく、物理的な状況を鑑みれば、先輩である茂呂を密室状態で殺害することが出來たのはこれまた流平一人ということになるのですが、果たして……という展開を、作者は流平の視點と、この事件を調査していく刑事雙方の視點から描いていきます。
本作では上に書いたような、多分に意識的な作者の語りが充分な效果を挙げていて、ここに大きな仕掛けが隱されていることに氣がつく人は少ないのではないでしょうか。犯人はおおよそ察しがつくんですけどねえ、この語りに自分はすっかり騙されてしまいましたよ。アレ系とは異なるのですが、これもまた作者が語りの中に仕掛けた見事な騙しといえるのではないでしょうか。
このコンビの刑事の人物造形もかなり笑えるのですが、流平が頼っていった探偵鵜飼がかなり個性的な雰囲気を釀していていい。「ウェルカム・トラブル」と掲げた探偵事務所の看板が、あとで刑事に突っ込まれるところや、鵜飼の車が微妙に田舍であるこの場所にはそぐわないルノー・ルーテシアで、それが刑事に見つけられてしまう遠因になっていたりと小道具の使い方も巧みです。
鵜飼の知り合いの浮浪者がちょっとした推理の冴えを見せたりするので、彼が本物の探偵役かと思いきやチョイ役で終わってしまうところなど、勿體ないなあと感じる設定も多々あったりするのですけど、どうやらこの烏賊川市の事件はシリーズ化されているようなので、本作で登場したチョイ役の登場人物たちも續く作品のなかでヒョッコリ顏を出しているのかもしれません。
ミステリとした見た場合、感心するのはその伏線の張り方の徹底したところで、あまりにあからさまに書かれているものの、この飄々とした作風ゆえについつい見過ごしてしまいます。この輕妙な語り口といい、上に書いたうな微笑ましい人物造形といい、泡坂妻夫の作品を髣髴とさせるなあ、……と考えていたら、おやおや、作者のインタビューでしっかり亜愛一郎シリーズが好きと告白しておりましたよ。なるほどと納得した次第です。
災難に見舞われる流平や、鵜飼や刑事たちの輕薄でいて憎めない雰囲気といい、輕妙な語り口と、周到な伏線の冴えが光る好編でしょう。
カッパワン登竜門一期生の中では、作風の好みでいえば、石持浅海の「アイルランドの薔薇」が一番なんですけど、ミステリの素養という點で見れば、もしかしたら本作が一番の好みかもしれません。
カッパワンの他三作に比較して派手さはないものの、當に「端正なミステリ」という言葉がふさわしい一作。おすすめ。