變格舘もの。
「別進地下道」、「網路凶鄰」に續いて、張鈞見シリーズの第三作となる本作は所謂「舘もの」。とはいってもそこは既晴氏の作品でありますから、暴風雨ならぬ大地震が發生という剛氣なところへさらに「別進地下道」を髣髴とさせるマッドサイエンティストの狂氣の実驗も絡めて當に作者の風格が濃厚な作品に仕上がっています。
物語はフランスのとある場所で發生した、奇妙な殺人事件が語られるプロローグから始まるのですけど、ノッケからノストラダムスとか奇天烈なアイテムが登場するところは期待通り、本編で台湾に舞台を移すと例によって探偵張鈞見の場面となるのですけど、今回は921地震以降に失踪した旦那について、譯ありの案件を持ちかけてきた夫人の依頼により、彼は埔里に建立される記念館のパーティーへ潜入することに。
何でもこの旦那というのが生命科學の怪しげな研究をしていた人物で、彼は、この学術記念館の建立に絡んでいる某教授に殺された疑いがあるという。學生の身分を騙って相棒の女性とともに探偵張が埔里に乘りこむと、參集した人物というのが外國人も含めていずれも怪しい輩ばかり。
さらにこの場所には警察も張鈞見と同様、身分を騙って潜入していたというから尋常じゃない。怪しげな超能力実驗や地震の豫知などのトンデモを絡めつつ物語の背景ひとしきりが語られると地震が発生、舘は外界との連絡手段が絶たれるとともに殺人事件が起こります。
殺されていたのは博士の失踪に大きく絡んでいたと思われていた某教授で、これに續いて今度は男が高窓に晒されるような不可解な状況で殺されてしまう。因みに第一の殺人では足跡のない殺人という、これまた不可能状況が提示されているのですけど、本作のキモはやはりこの第二の殺人で、梯子もないような舘の中で、犯人はいったいどうやって死体をあんな高いところに持ち上げたのか、という謎で物語を牽引していくと思いきや、失踪博士の過去の実驗内容が明らかにされるにつれて、物語の結構は大きく捩れていきます。
何でも博士は超能力を本氣で信じていて、外國ではその筋の実驗に大夢中、ノストラダムスの預言能力にも竝々ならぬ關心を示すとともに、ついには遺伝子の操作によって超能力を持った「惡魔の赤ちゃん」を生み出していたというから吃驚ですよ。
さらにこの惡魔の赤ちゃんは生來から空中を浮遊する能力まで身につけていたというから、すわ、今回のコロシで死体を高窓まで運んだのはこの惡魔の赤ちゃんの仕業に違いない、と參集した連中の推理も大混乱。
超能力実驗や、後半に進むにつれて畳みかけるように明らかにされていくキ印博士の狂氣の実驗内容など、「別進地下道」のやりすぎぶりに比較すれば隨分とおとなしめなものの、通常の舘ものであれば各人のアリバイも含めてミステリ的な謎解きで話が進む筈が、中盤の殆どはこの教授の狂氣の実驗や惡魔の赤ちゃんのネタに費やされるという破格の構成がキワモノマニアには堪りません。
かといってミステリ的な謎解きが疎かにされている譯では決してなく、二件のコロシが外部によるものか、或いは内部によるものなのかを精査しつつ、失踪博士の行方とともに後半の推理へと流れていく展開は面白い。
また警察が披露してみせる推理も存外にマトモで、一瞬、今回は張鈞見の出番はないのかなア、なんて油断してしまったのですけど、高所への死体運びのトリックが彼の推理によってひっくり返されるところは秀逸で、この「氣付き」にポーの某作を挙げているところも素敵です。しかし今氣がついたんですけど、何氣にこのジャケはネタバレっぽいような氣がしますよ(爆)。
それでも個人的にはやはり後半に出てくるキ印博士の研究室のおぞましさや、その手記のエグさに惹かれてしまいます。張鈞見の思い出の女性、鈴夢を髣髴とさせる學生、林小鏡も出てくるものの「網路凶鄰」ほど二人が絡んでいる譯ではなく、どちらかというと今回は彼と一緒に仕事をすることになつた女性、如紋との迷コンビぶりが際だっています。
「網路凶鄰」や「魔法妄想症」、「請把門鎖好」に比較すると、定番の黒魔術ネタは希薄ながら、ノストラダムスが惡魔の赤ちゃんへと轉化する爆發ぶりは「別進地下道」からの作風の正統な繼承と見ることも出來るし、怪異の論理によって全ての謎が回収されるという奇天烈な結構の「別進地下道」に比較すると、二件のコロシに現實的な推理を當てはめた本作の方が普通のミステリとして愉しめると思います。
キ印がリアルで登場していた「網路凶鄰」や「別進地下道」と異なり、真正のマッドサイエンティストが失踪したまま最後の最後まで記憶の人に過ぎないところが物足りないものの、自分のようなキワモノのディテールを堪能するというのもアリでしょう。
今回の事件に遭遇したことで覚醒した張鈞見の豫知能力が、さりげなく次作の「修羅火」で使われていることなどもあって、やはり張鈞見シリーズはリリース順に讀み進めていった方が吉、でしょう。