例によって三面記事的というかワイドショーネタに、極上の騙しを添えた好編揃いの一冊で、個人的には愉しめました。
収録作は、一人暮らしの老婆を狙ったオレオレ詐欺をネタに、折原マジックが炸裂する「偶然」、引きこもり息子が放火魔ではと疑う小市民ママの物語「疑惑」、シリアルキラーや譯あり人物の思惑が交錯する「危険な乗客」、バカ息子の親殺しが因果な展開へと雪崩れ込む「交換殺人計画」、電波オバさん、悪徳リフォーム詐欺にオレオレ詐欺と現代社会の宿痾に小市民の奈落が訪れる「津村泰造の優雅な生活」、そしてボーナストラックとして「黙の家」、「石田黙への旅」の全六編にエッセイを添えた一冊です。
仕掛けそのものは折原ミステリに定番なものばかりなのですけど、それをこうしてワイドショーネタと融合させてしまう風格がステキで、最初の「偶然」からして例の技法は冴えまくり。非常に単純な仕掛けながらやはり騙されてしまいましたよ。
ノッケから家の前に怪しい車が停車していると女が訝るところから始まり、續いて「俺だよ、俺」とこれまた例によって例の展開へと流れる譯ですけど、詐欺にあう女とオレオレ詐欺の犯人側の視點を交互に描きながら、そこには折原マジックが仕掛けられているところは期待通り。短編ゆえに非常にシンプルな技巧ながら、最後に目がテンになってしまったあと、してやったりとほくそ笑む人物が奈落へと落ちるブラックなオチもいい味を出しています。
「疑惑」は、放火騒ぎに揺れる中、引きこもり息子を持った母親が、部屋の中から放火事件に関連した証拠を見つけて大困惑、もしかしたら犯人は自分の息子なのカモ、とオロオロする展開から、感動ストーリーを蛇蝎のごとく嫌っている新本格ミステリ作家の某氏の某傑作長編を思い浮かべてしまうのですけど、折原マジックがこのあたりの先入観を活用しない筈もなく、またまた自分はアッサリと騙されてしまいました。ハッピーエンドなんだか正直微妙な幕引きとともに、これまたまとまった一編ながら、折原ミステリらしさという點ではやはり先の「偶然」の方が冴えているカモしれません。
「津村泰造の優雅な生活」は、騒音おばさんに悪徳リフォーム詐欺、オレオレ詐欺とワイドショーネタの三位一体がステキな一編で、タイトルにもなっている泰造という爺が悪徳リフォーム業者のいいカモにされてしまうところからどう転んでいくのかと見守っていると、オレオレ詐欺の乱入によって物語は妙な方向に捻れていきます。
リフォーム業者が床下に潜り込めば猫の死骸が出て來たりと、ネタにしては詐欺野郞が持ち出してくるアイテムはあまりに強烈。床下ファンや壁の塗り替えと爺をカモにしてのやりたい放題にほくそ笑んでいると思わぬ奈落が待ちかまえているという幕引きに、さらなるどんでん返しを添えてブラックな味を見せているところもまた秀逸。「偶然」などと違って物語は直線的に進んでいくので仕掛け自体は案外分かりやすいとはいえ、この黒いどんでん返しだけでもニヤニヤ笑いがとまらない一編でしょう。
「危険な乗客」と「交換殺人計画」は時事ネタではないものの、それぞれにドンデン返しを添えてみせた佳作で、個人的には、親父を殺そうとするダメ息子とその親父の殺意が捻れた交錯を見せる「交換殺人計画」がいい。お互いがお互いの手の内を讀みながら殺人計画を練り上げていく展開の背後でアレがアレしていたことが明かされるラストも洒落ています。
ただ、折原マジックそのものがいくつかのパターンに収斂してしまうゆえ、長編であれば後半に大展開される畳みかけるようなマジックの變幻ぶりに翻弄されるという讀み方が愉しめるものの、短編だと物語を讀み進めていく中である程度の「慣れ」が出て來てしまうのもまた事實。それゆえ、その後のどんでん返しが予測出來てしまうとはいえ、本作では幕引きにブラックな味付け凝らしてあるところから、仕掛けだけではない、物語そのもののイヤな風格もまた味わえるところが面白いと感じた次第です。
ボーナストラックの黙祭りに關しては、本作のリリース時期からも文藝春秋画廊の石田黙展と連携したものかと推察されるものの、「黙の部屋」を讀了濟みの方であれば愉しめるかと思います。